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杭州市に銭塘江と言う大河がある。旧暦の八月十八日頃に大潮が逆流して海へ向けてその周囲を荒らす。
その時、「呉」の若者は披髪文身して、手に手に十幅の大彩旗をもち、先を争い、勇気をふるって、大逆流の中に飛び込む。
それは今の時代では信じられぬ勇気であり、水練である。そこには信仰的要素が潜んでいると思われる。それ程、危険な行事である。というのは、彼等の行為は「死」を覚悟した行為である。
入墨を入れるという行為はそういう「死」と信仰を背景に成り立つギリギリの信念なのであろう。私はそこに海へ漕ぎ出す「海人族」の勇気ある生命力を感じずにいられない。「海人族」の好奇心と開拓力はその信仰と信念の力が原動力となって、結果として人種と人種の交流を繋ぎ、文明を高めて言ったと考える。
「文身」とはその力を顕在化させる表れであったと考えます。痛みとか彫られた形象にこめた呪力を信じて彼等は彫り物に自らの生命力を託したのでしょう。
嘗て、安曇荒雄が宗像の老海人に仕事の依頼を受け、引き受けた動機に「君らは兄弟ではないが、苦難の気持ちは伝わる」と言って引き受け、大時化にあって命を落とした故事が万葉集に載っていたが、それ程海は巨大で恐ろしい存在である。「呉」の海人族はその精神を根底に海へ飛び出しって言ったに違いない。
日本の文化の根底にはそうした「海人族」の精神の歴史を引き継いで成立ったっているとも言えよう。

私は鈴木満雄の「環東シナ海の古代儀礼」を読んでいて、そういう感想を持った。
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