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諏訪春雄さんの「倭族と古代日本」からの叙述を基に披瀝をしたいと思います。
河姆渡遺跡は紀元前5000~3500年にせっ江省ヨチョウ県河姆村に臨む高台にあろいます。地層は四次にわたり、第一・二層は馬家浜(ばかひん)文化で、第三・四層は河姆渡文化です。

以前、稲の栽培はインド・アッサムと雲南高原から出た野生稲の発見と3・4000年前に見つかった栽培種が最古のものだとされていました。しかし、河姆渡はそれより古く、7000年前のものとされ、ジャポニカとインデイオ米の両種類が出土されました。それは日本との関係から見ますと、日本の稲の栽培種121品種の持つ遺伝子が河姆渡遺跡からでた野生稲との一到していることが明らかにされています。
米と共に、牛や鹿の骨の肩と加工された鋤(すき)も出土し、家畜としての犬や豚を飼っていたこともわかっています。
家は高床式で、土器の模様は幾何学、稲穂、豚などが描かれています。また、太陽を二羽の鳥が運ぶ絵を描いた象牙板や漆等も見られます。
これらは日本列島との関連が窺われ、非常に興味ある事実でもあります。
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