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私が政治の話をするのは、アクチャルな問題であるからだが、その底に日本人の思考癖が流れているからである。
古代から日本の国民性は「和」を持って推進力をして来た。「和」の本質は「多いなる妥協である」数種の民族が共に行動して行くには、「妥協」が必要なのは私にも思い当たるが、時にはそれに流されるといった弊害もあるのだ。特に、ヤマトの先住民族は古代から大陸の文化を母系で繋いできた。影で行動する習慣が数世紀に及んだ。その習慣は確かにDNAに刻みこまれていったのは彼等の処世術であったろう。だが、千年の時を得て、悪い習慣に残ってしまったといえる。元来、原日本人の根底には真の「和」を染み込ませている。それが3・11の大震災に於ける庶民の底力であるが、喉元を過ぎてしまうと、怠惰が顔を覗かせてしまう。

私はその悪癖を警鐘していかならないと考え始めたのです。
安倍自民党総裁・橋下大阪市長・石原慎太郎の三人の政治家に共通しているのは、「張ったり屋」である。ヒトの飛びつくようなスロ~ガンで目立っておき、表に出て行くが一つとして実行をすることなく問題を摩り替えて、ヒトを悪い方向に導いてしまう。それが意図した考えで行われていないことを望むが、結果としてそうした方向に進んでいることは事実なのである。

今、石原氏について言えば、「横田基地の撤廃」を公約したのではないか、銀行の再興はどうなったのか、オリンピックの誘致は何処へ行くのか、はたまた尖閣島の問題を中国に喧嘩を売り、諸般の状況を悪くして無責任に他人のせいにして回避しようと言い訳をする。米国に対等な姿勢を見せるだけでなく、米国だよりで中国に宣言する。まるで野田氏と同じような安全第一の行動をとる。こんな政治家は必ず、我々を裏切る。それは過去何回も経験しているはずである。もうそろそろ気付くいてもいい頃だ。

今、大事な時期に日本と日本人はいる。少し間違えば危険な方向に向かってしまうと私は考えているのです。
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