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八俣大蛇伝説は巷間伝えられている伝承とは異なり、史実にあわせて分析すると、島根県簸の川鳥上峰の畔の伝承である。

毎年、大蛇がやって来て住民の娘を生贄に食する。今年は、奇稲田媛が生贄になる。これは名称から言って、稲の穀神であろう。大蛇は奇稲田から推察して、洪水神とするのが順当であろう。毎年押し寄せる洪水が稲を襲い、壊滅させたと言える。

その時、渡来のスサノオウがやって来て、中国神話の「ウ」さながら、灌漑に従事し防災に成功する。その作業の過程で、簸の川に砂鉄が出るのを発見して、金属器の鋳鉄に成功する。それが、象徴としての草薙剣になったと思われる。この渡来の神は「客人神」であろう。

出雲は古来より、新羅との交流があり、スサノオウが新羅からの渡来人とされるのは納得させられる。

手名椎・足名椎は大山祇神の後裔で、奇稲田姫の親である。両親は蛇の化身で農耕の象徴でしょう。
八俣大蛇伝承は農耕と洪水神の葛藤である。
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