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チベットについて、調べていると三星堆遺跡に出くわした。そこで思いついた事を述べてみたい。
古代蜀に「蜀犬、日に吠える」と言う諺があります。
蜀は太陽が滅多に照らないので、陽が顔を出すと、犬が驚いて陽に向かって吠えると言う諺なのです。これは蜀の人の太陽に対する強い崇拝の念を表したものです。
日の出入りに伴って現れる「太陽柱」が「扶桑」と言う想像上の「太陽樹」の誕生の契機となり、「扶桑」と言う信仰形態を生みでしたといえます。
私は日本の象徴的な言葉である「扶桑の国」が理解できませんでした。なぜ桑が日本と関係があるのか解らなかったのです。しかし、三星堆の諺を知って、太陽信仰が根底にあり、稲の豊穣の理想郷が扶桑と知れると、はたと膝を打つことになったのです。
また、扶桑を媒介として、古代蜀が精神的に繋がっていた可能性も考えられるのはもう一つの驚きでもありました。
蜀は長江上流域の国で、金沙江(長江流域)と言いチベットと繋がっているのです。そういえば古代蜀「叢
」(さんそう)の風貌は隼人にも似ています。それは明らかに南方の先住民の風貌で目が大きく飛び出ているように見え、鼻は鉤鼻でまた大きい。(三星堆の彫像は明らかに芸術的な誇張が施されていますが。)ふと、私は縄文の土偶や土器に見る容貌を思い出しました。それは呪術的で宗教さえも感じます。
北方の中国民族に見られる聖人君子的な厳とした威厳は感じられませんが、自由闊達な発想は感じられます。
三星堆文化の特徴は養蚕と稲作、金属技術の優秀さと自由で独特な宗教感覚にあります。それらの発想には呪術的なダイナミズムを感じさせます。
長江と言う血液は上流から中流、下流と多少の変貌を添えながらも、大きな心のうねりとなりながら、東シナ海へ流れて黒潮と合流して、日本列島へと運びます。
私は東北の「おしら様」の<蚕伝説>が全く古代蜀の<それ>と似ているのに違和感がありましたが、「扶桑神話」に遇ってから納得がいくように思います。伝承の根はこんなところにあったとは意外といえば意外です。
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