上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
以前から述べているように、日本国は縄文時代からアニミズム・多神教をその精神的思考法に根つかせている。それは氏神信仰として守護神社を祀り精神や生活の寄りどころにしている。
聖徳太子の「和」の精神や仏教の融和の哲学は「弁証法」の対話に依拠している。日本人には太古からその思考法が染み付いていて、真剣に考えると結論としてその真髄が現れる。
だが、古代で先住倭人は大陸からの高い文化を持った渡来人を巧妙に受け容れるために身内の娘を血縁させ母系から操る知恵を永年おこなってきた。それが「和」であり、所謂「大いなる妥協」なのである。

そうした精神的状況を無視して、日本人の性向を語ることなぞできない。私が小選挙区制を採用しようとマスゴミがほざいている時、反対したのは彼等は近代化を主張して(本当は米国二大政党の物まねである)、日本固有の様々の思考を内在した多様性を理解していなかったからである。
確かに多数の意見を認めると結論が遅くなる。しかし、我々の先祖は色々な思考錯誤を行ってきた。その経過を検討すれば素晴らしい結論が得られるのに、舶来趣味の人々はそれを無視している。大事なのは自分の足元なのだ。

敢えて国際化という風潮の中で言わせて貰えば、今は分散化より固有な個を歴史的、地球的(環境的にか)に見つめ直すことが大事だと考えるからである。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/563-5f197a42
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。