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「古事記」編纂に当たって、大和岩雄は興味ある文章を知らせてくれる。

<天武十年三月の「帝紀」「旧事」は、川島皇子、忍壁皇子、広瀬王、竹田王、桑田王、三野王と二皇子・四王が大極殿の天武天皇の所に集まり、大錦下・上毛野君千、少錦中・忌部首、少錦下・安曇連稲敷、難波連大形、大山上・中臣連大嶋、大山下・平群臣子首らが呼ばれ、天皇の詔を受け、中臣連大嶋、平群臣子首らが、執行し、記録したと見える。
「原古事記」は、天武十年の正史編纂に刺激されて、天武天皇の内邸(後に後宮)の女性達が語っていた「ふること」を「記(ふみ)」にしたのが、「原古事記」である。と大和岩雄は説く。
天武天皇の後宮の女達とは、明らかに大歌所の巫女達であり、彼女達が伝える「天語り」や「神語り」の「歌」を言うのであろう。「古事記」には、太古より伝承された物語りを巫女が語り伝えている。彼女達の霊力と類まれな記憶力が様々な伝承を語り伝えたに違いない。それが「古事記」に反映されているのであろう。
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