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私が予てから主張したように、我々の根底には多神教の思考性がある。全てのものに精霊が宿ると言った信仰は縄文からの我日本哲学である。

古代史が混血の歴史であり、それを支配者は巧く操縦して大和を統治してきた。
その根拠に先住民族が母系で繋いできた。皇孫に皇后を配することで日本は統治を続けてきた。

その仕組みを巧く操作した元凶は藤原不比等である。この天才は母系を使って国を牛耳ってきた。私はこの統治の基本は官僚制の起源であると考えている。裏で政治を操る方法は先住民族の手法であるが、不比等はそれを手法として確立した。
それは日本列島が南方民族、江南中国、朝鮮民族の文化(まれびと思想)を取り入れるための知恵で自らの娘を渡来人と血縁させて自らの「血」を保ってきたと言える。
日本を「倭」と言うが洒落で「和」とも言う。聖徳太子が「和をもって貴(とうと)しとする」とは、けだし日本民族を透徹した名言であろう。詰まり、「大いなる妥協」こそ我、日本人の生きる道と言うわけである。

最後に、私の好きな言葉「東に美き地あり、青山四周らす」これこそ日本なのである。この原点を私は深く考えるべきだと考えます。

原点は結果として、産土・大和です。この地を再考することこそ課題であります。
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