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2013.02.19 神話と史実。
天孫降臨は日向の高千穂の曾(襲)から塩土老爺の示唆もあって笠沙へ行き、吾田鹿葦津姫と出会い。皇孫の端緒を開く。大変、重要な説話である。しかし、何故この行程を取ったのかの疑問を抱かざるを得ない。「記・紀」は偽書であるとの説もある。創作であると言う。そうだろうか、創作にしては二流と言わざるをえない。神武東征を考えると、曾(襲)からなら大和を目指すとすると、志布志湾の方が賢明であろう。継ぎの漂着地の宇佐にも近いし、野間半島へ行くより近道であろう。大隅や曽於の地を完全制覇する力のロスもすくなあくてすむ。それをわざわざ遠回りして笠沙に行っている。

私は、この曾の地と笠沙の行程が、遺跡の上野原遺跡とかこいノ原遺跡の共通性が単なる偶然なのだとは思われないのである。かと言って、それを証明する根拠も持たない。時間も確かに、隔たりすぎている。だからこそ、大歌所の巫女の伝承に期待をするのだが、それも中々、煙を見ることも出来ないでいる。

それでも、私は気になるのである。考古学もない八世紀である。上野原を知らない方が、当然だとは思う。だが、気になるのだ。
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