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古い話しで恐縮ですが、昭和51年の朝日新聞2月6日の夕刊・ニュ~ス三面鏡を紹介させて戴きます。
<副題・米兵犯罪の被害調査に執念・堀本さん、補償法に熱のない政府>

夕日で病室が真っ赤だった。ひん死の父に、祖母が「生き返ってくれえ。生き返ってくれえ」と夢中でお経を唱えていた。
5日夕、米兵犯罪を告発している東京地裁の「笠井訴訟」に、国側との和解交渉開始で姿をみせた東京都心中く北新宿・会社員堀本隆興さん(33)は、昔の記憶をたどっていた。
堀本さんの父、稲夫さん(現在66歳)は23年(これは間違いで20年です)暮れ、杉並区浜田山の自宅付近で二人組の米兵強盗にピストルで撃たれ、頭部貫通の重症を負った。一年入院して命は取り留めたが、左半身不随、テンカン持ちの体になっていた。社長をしていた建設会社はあっけなく倒産した。
暗い青春だった。風の便りに米兵は軍法会議にかけられて、本国に送還された、と聞いただけだ。日米間になんの取り決めもない時代だったから一銭の補償も出なかった。生活保護を受けた。両親のケンカが絶えなかった。弟と一緒に父を背負って、国会や政党を陳情に回った。(アルバイトをして通った)大学を中退しなければならなかった。
いま堀本さんは終戦直後の米兵犯罪の被害者遺族連合の理事である。「(生活を省みない)オヤジを殺してやりたいほど憎んだ。やっとオヤジの心がわかってきた。執念を息子が継いでやらなければ、オヤジは浮かばれないでしょうから」
都内の被害者の実態を調査してまわっている。ジ~プで両足を根元から切断された男性。夫が下腹部をうたれ、子供が出来ない夫婦。娘を暴行殺害され、生活保護をうけている老婆。36年に占領軍被害者給付金法ができ、防衛施設庁自身が、「涙金」という金額がようやく支払われた。
堀本さんの父、稲夫さんは四年前から東京都拝島市の老人ホ~ムで寝たきりになっている。脳障害があるため息子の顔を見れば、「俺は国に二億円の貸しがある」偏執狂のように繰り返すだけだった。だから堀本さんはまだ独身である。
補償法の陳情に行くと、「心配いらん、まかせてくれ」と大臣、政治家はいう。が、防衛施設庁筋は「政府、自民党にその気はないようです。面倒みきれんということで」と話している。

これが朝日新聞の全文です。その二年前に「内外タイムスと赤旗」に同様な記事があり、それを見た記者が取り上げたと聞いています。
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