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ある行事が蔓延するためには、そこに生活がなければ広がるものではない。
特殊な事実や衝撃的な行いが流行するにしても、そこに受け容れる民衆が存在しなければ、永く生き残れるものではないのだ。

私は一つの伝承があるとき、その時間の経過や環境、地元民の生活が見えないものは信用しない。
例えば、神武天皇と伊須気余理姫の聖婚説があるが、単なる話としては成立しないと思っている。現人神と巫女の説話は数々あるが、そこには伝統的な行いが隠されていなければならない。事実の積み重ねが神話を生むのである。

聖婚には歌垣やカガイが存在し、それが広い地域で行われて居るからこそ、聖婚へと華昇し伝承として結実する。私は采女制度が太古より行われていた風習が普通に存在していたからこそ、伝承へそして、神話へと発展して言ったと考えている。
ここに「貸妻」の伝承が各地に聞かれる。その二三を紹介しようと思う。

阿波国那賀郡沢谷村小字北谷の伝承がある。
ここでは旅客があっても宿屋がないので、普通の民家に宿泊する。旅客を迎えた家では、その夜は娘や妻を客に同衾させるが、もし、旅客が娘を断りでもすると、娘は大声を発して「出戻りさん」と叫ぶ、すると親や夫が出てきて、その旅客を夜中でも追い出してしまう。こうして一度でも「出戻りさん」の名を負わせられると、その村に宿るべき家を与えられないのである。(週刊朝日・第九巻二十二号)

又、肥前・天草島でも、他の地方から旅客が来ると、良家の子女が自ら進んで枕席にはべる。これはこうして、多くの異性に接するほど、早く良縁が得られると信じているためであるという。(郷土趣味・十二月号)

更に、肥前国南松浦郡富江村は、五島と称せられる有名な島の一つであるが、ここの山下部落では、特のほか、外来人を忌む風習がある。それは昔から昭和二年に至まで、外来人が「あの女を借りた
い」と云うと、処女でも妻女でも貸さなければならない風習があるためだと言われている。(橋浦泰雄の報告)

そして、因幡・伯嗜の各地に人妻を好んで旅客と関係をする。勿論、売春行為ではない。
越後国岩船郡三面村、ここでも昔は他から旅客が来た時に、盛んに「貸妻」の土俗が行われていた。(橋浦泰雄の報告)
などの証例がある。

私はこれらに采女制やカガイ、巫女との聖婚の基盤を感じる。これらの風習は更に時代を遡って見られるはずであろうが、惜しむらくは文献として残っていない。そして、「古事記・日本書紀」に良く見られる女系の皇孫との婚姻もここから進展したのであろう。
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