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四川省の大地震は私達も3・11を経験して,身につまされるだけに心配である。被災された方々は大変だろうと察してあまりある。

私は四川省の蜀について調べていただけに、気が動いてしまう。蜀には、三星堆遺跡が存在し、中国の歴史を変えるような高度の文化遺跡が無事だったろうかと、思いをめぐらす。
5000年前に強固な城壁を持つ三星堆遺跡は我、大和にも影響を与えた「倭」の地であり、多分、養蚕の初めだと思われる「蚕叢」と言う王朝が存在していたのだ。それは高度の築城技術と灌漑技術、壺や土器、璧や呪術的な器具、大公共施設(祭祀場を兼ねる。・・・三内丸山遺跡の集会場にも似ている)や道路など古代都市(計画的な都市政策の窺われる)その頃の黄河付近の文字を持った漢民族と遜色のない高度な文化が窺われる。

蜀は日照時間が少ない地域で(蜀犬、日に吠えるの諺・・・太陽の照る時間が少ないので、太陽に驚いた犬が吠えるという)「扶桑」の名を持った太陽樹が語られている。そして、異獣婚姻譚・・・馬と娘が結婚して、それを忌んだ父親が馬を殺した為、樹に吊るされた馬の皮はそこに娘が現れると皮で娘を包み、天に昇ったという。これは東北にも伝わる伝承(オシラ伝承)で私は「蜀」と「東北」には日本海の対馬海流が取り持つ「縁」を感じる。

四川の地震を悔やみ、そんな日本との目に見えない糸を覚えるのである。
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