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私は古代史を南九州と北九州に分け、南九州を江南系渡来王朝、北九州を新羅・百済系王朝の影響下にあるとし、を繋ぎとめているのが、長谷部吉人氏の「日本民族の成立」で言うように<更新末期から完新世初期にかけて、華南に居住した東アジア人の一部が陸橋を通って九州に上陸し、日本人の祖となったと言う説を取ると、九州が日本国の国家成立の端初だとして誤りは無いだろう。

その二つの渡来民族を繋ぐのが、先住民族の縄文豪族で彼等は母系、つまり自らの娘を婚姻させてそれらの種族との融合を図るといった消極的な手段で日本民族を支えてきた。
その思想の根底にあるものは、「和」であり、「愛」であろう。戦いを心底好まない先住民族は渡来族の覇権を「融和」の精神で取り込む、「参謀」的な行為で自らの種族の存在を繋ぎとめる、良くも悪しくも消極的な子孫存続を図ってきた。それは現代でも、舶来趣味と言おうか、外来思想を日本流に取り込んで生き抜く性癖に顕れている。私達はもうそろそろそのことに気ずき、日本人が骨身に沁みて持っているDNAである「和」の精神(多分、これは我々が永く心の底に蓄えている多神教の精神)を積極的な行動で示すべきではなかろうか。
あの3・11の大震災で発揮した民衆の力を日常で持続する方法を見つけることが重要だと私は思う。
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