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私はいつも物事の初め(始源)について拘りがある。初めにこそ物の本質が現れるからである。
西王母は「山海経」(せんがいきょう)の記述には、豹の尾と虎の歯を持ち、蓬髪(ほうはつ)に勝(かみかざり)を挿すと言っています。初期の西王母はイザナミ命のようにデモ二シュな荒魂(あらたま)を感じます。しかし、その中にあって「勝」には違和感を感じます。
どうして、「勝」(かみかざり)なのか。私は日本神話の中の「櫛」を思わざるをえません。「櫛」は「奇し」に通じ、霊奇なものの意である。しかし、私の解釈は少し違います。元々、日本古来から大樹は神木として神の衣り代としていた。もっと視覚的に表現すれば、天の神鳴り(雷)が大樹に落ちて、地表へと伝う様子を描いているのではないでしょううか。その神木を伐り、「櫛」にして髪に挿したのが「櫛」の本来の用途であったのでしょう。
そう言った思いが私の中にあって、西王母の「勝」(かみかざり)もまた、その類(たぐい)であろうと考えていたのです。しかし、「勝」の意味に「櫛」にある「奇し」に相当する意味を見ることができませんでした。

西王母と言えば、西を司る女神です。西は陽が沈む処で、その下には黄泉の国を従えています。陽は一反、黄泉に行き、再び東より蘇えります。西王母が不老不死の「仙桃」を管理するのはさう言う意味があるのです。西王母が再生神なのはその意味なのですが、まだ「勝」の意味とは関わりが見つかりません。
「勝」との糸口は意外なところから見つかりました。
六朝代に「漢武別国洞冥記」と言う本があります。そこからの引用です。
<東方朔は元封年間に、涛鴻(混沌の意)の沢に遊んだ。ふと、西王母が白海の岸辺で、桑を摘んでいた。そこへ黄老(天帝か)が現れ、阿母(西王母)を指して、東方朔に告げた。王母は私の妻であったと、すると、王母は身体を仮に託して太白(金星)の精となった>
西王母の「桑を摘む」と言う故事は、初期王朝の一月初めの神事、皇女の「桑摘み」の行事と連なります。
桑は蚕の食餌です。また、、蚕は再生の象徴でもあるのです。その蚕の糸で紡ぐ絹の衣こそは、「天の羽衣」なのでしょう。そして、聖衣を紡ぐ聖機こそ機織(はたおり)の機であります。その機の一部分が「勝」と言われるものです。「勝」は聖機の象徴として、また、再生の象徴として西王母の髪にさされることになったと言います。多分、不老不死の「仙桃」はその故事に関われを持っていたのは間違いないでしょう。

西王母については日本の神話と類似する処が多い。
例えば、黄帝と「しいう」との<琢鹿(たくろく)の争い>では劣勢の黄帝の天への要請で、西王母は女神・魃(ばつ)を降臨させ、戦いに勝利します。これは神武天皇が長髄彦(ながすねひこ)に負けそうになった時、天照大神は「ふつ」の御霊(刀の神)を降臨させ、長髄彦に勝ちます。又、天照大神は機織の巫女に機(はた)を織らしています。西王母もまた、機に関係しています。
初期の西王母はイザナミ命に似るし、天照大神の要素も数多くあります。
中国の神話と日本の神話は共通項が多いのが目に付きます。

三羽の青い鳥は体は青く、頭が赤く、瞳は黒い、飛翔は強く三危山二住む。青い鳥が餌を西王母に運んで後、散らかった残片を神鳥がやって来て、処理をする。

西王母は西方の戎族が出自だと言われている。
西王母は月と関わりがあると言われている(月は西、太陽は東である)
「楚辞」(天問篇)
<月はいかなる徳があって、死んでもまた、生きかえるであろう>

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