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2011.05.15 休題閑話
体質なのか、時折立ちくらみがする。胸が締付けられるようになり、頭がガラスになってしまったようになる。非常に脆く、空虚な気持ちで、感覚が無くなる。両脚が機能を果たさず、消失してしまったようだ。
すると、周りの雰囲気も脆く感じられた。ボオウと押し詰まって、僅かに光明が広がって薄明かりに包まれる。何かが崩れ落ちる様子が不気味だ。私が何気なく手を振ると、上から下へ一筋の線が出来て、まるで鋭利な刃物で切ったような傷が現われる。見る見るうちにそこはめくれ上がり、斬り開かれて大きくなって、向こうにはまだ見たことのない世界が現れた。
それは昨日、空想した願望の世界に違いなかった。
私はこちらからあちらへの門を潜り、あちらの世界へと侵入することになる。

私は午年なのです。燦々と降り注ぐ陽の光りを体に浴びて、青々とした草原を走り回る。すると、陽の光りに乗って、天女が降りてきます。午年の私は草原の泉のそばにある桑の樹に身を隠して、天女を眺めていた。天女は桑の樹に衣を架け、泉に入って沐浴を始めた。その美しさは絵もいわれず、私はうっとりとして眺めていた。
突如、私の中にその天女を独占したいといった欲望が沸き起こり、抑えようもなく、目の前にある衣を手に取り、泉の側にある小さな洞穴に隠して、蓋をしてしまった。天女は沐浴を終えて、桑の樹まで戻ったが、そこに衣がないことに気がつき、素肌のまま立ち尽くす。私はふと、通りかかったふりをして、その女のもとに進みでた。素肌の女はその体を隠しようもなく再び、泉へと戻るが、そんなことは何の解決にならない。私の魂胆は成就したわけで、私は着ていた長い上着を泉の縁へ置いて、女が上がってくるのを待った。
その内、天女も覚悟を決めたのだろう、その上着を纏って、私の後について来た。
考えられないことだが、私自身は普通の人だと、思っているのだが、実は他人から見ると、私は馬なのである。
それは私が女を率い連れて行く後を隣の男が認めて、不思議に思い、女をかどわかすしているのだと思い、男は私を斧で殺した。そして皮を剥ぎ、桑の樹に吊るしたのだ。男は絹を行商していて、旅に出て、女がその桑の樹の前に来た時、私は私の皮で女を包み、天上に舞い上がり、二人は一つの蚕になって、何時までも絹を作り続けた。

天上は青々と晴れ上がり、青山が巡り、美しい鳥の囀りと渓流の楚々とした囁き、岸の側に建てられた宮殿は黄金に彩られた広々とした部屋が立ち並んでいる。そこに一台の機織機が置かれ、私の妻が蚕から紡がれた絹糸を織り成していた。輝くように美しい天照大神は慈しみの眼差しで私の妻を眺めている。
絹が織り成す天衣は柔軟で内に込めた輝きを放ち、それを身に着ければ、若返ってしまうと言う。絹の天衣は時間を吸い取る霊力がある。羅祖やマソ神、おしら様さえ私の妻の末裔なのだ。
突如、荒あらしい男が斑馬の皮を私の妻が機(はた)を織っている処に投げ入れたのである。驚いた妻はヒでホトを突き黄泉の国へ旅立ってしまった。
妻を殺した犯人の名はスサノオである。彼はその外、稲作への妨害、灌漑施設の破壊、そして近親相姦などの罪を犯していた。スサノオは高天原の掟により裁判にかけられ、身分を剥奪されて、穢れ多い葦原中国へ追放された。
私はその裁きに納得できなかった。しかし、この地では雑民の誓ったへは許されていなかった。治外法権である。私はその裁きに納得が出来なかった。けれど、掟は犯すことは不可能なことなのである。雑民である私にはどうすることも出来ない。ゴマメニ歯軋り、行き場のない不満の滞り。心は行き場がのかった。
窮鼠は意識を昇華させる。馳せる意識は妻を追う。出雲は黄泉の入り口があると言う。私はその洞窟を潜る。中は燐緑色を帯び、押し殺した光りは点ると言うより、光り自体が内に巻き込まれると言った不気味な雰囲気が漂っていた。生ぬるい温もりと肌に纏わり着く湿り気は不快な極みであった。ふと、おろちの腸内が目に浮かぶ。
追われるような感覚で私は行く速度を速める。行き着く先は行き止まりと思われた。それは錯覚で行く手は急激に折れ行き、そこを曲がると、視界は俄かに啓(ひら)ける。
遠くに一筋の煙が揺らいで、青々とした山々が連なっていた。水田の規則正しい配列は見事な情景が描かれている。安らぎの村がそこには顕現していた。しかし、不思議なことにそこには、生気が感じられない。美しい情景が目には焼きつくと言うのに、あの煙が生活の気配が理解できると言うのに、生き物の気配がない。私は違和感を感じながら、その村に足を踏み入れた。
川の流れは目の前で直角に曲がり、橋が架かっている。私は橋を渡って、遠くに群れなす集落まで歩き始めた。水田は見事に手入れが行き届いていると言うのに、道には人の気配はなく、集落に近ずいても人に会うこともなかった。村に足を踏み入れたが、沈黙した家並みは静な音を発しているような感じがして、いくらか眩しげな明度の高い印象が情景を白色化している。死の村そのものの感覚が私を不安にさせる。村の一番はずれの家の戸を叩いたが人が出てくる気配がない。次の家も同様であった。ふと、一人の女がやって来る。私の妻に似たその女は直立した姿勢まま私に向かった。目には生気が表れていない。声の調子も少しばかり低めなのだ。動き始めもワンテンポずれる。よく解らないが、なにかが違った。妻に似ているが、他人の空似なのだろう。
「もし、一寸お聞きしたいのですが、大国ナミと言う人を訪ねているのですが、ご存知でしょうか」
私は女にそう聞いた。
暫らく、女は私の顔を眺めていたが、突如、走り出した。
驚いた私もそれにつられて、走りだしていた。普段なら、このような常識はずれな行動は行わないのである。しかし、ここにいるとそれが自然に現れ出るのである。
女はまるで、飛ぶように走る。私はその速度についていけななかったが、どうしてもその後を見失ってはならないのだった。
女は道筋を直角に曲がったと思うと、すぐに左側の家へ飛び込んだ。
その家は確かにS町の私の家であった。扉を開けると、いつものように妻が出迎えた。
「お帰りなさい」
普段の出迎えのように思えた。
「ああ」
と返す。
「どうします」
いつもの受け答えだ。
「飯は出来ているか」
そんな深い意味なぞない。言葉のやり取りと言ったものだ。
しかし、女はそこで口を噤む。妻なら、もし食事の準備が遅れていても、「出来てるわ」と答えるだろう。そうい言わなければ私が不機嫌になることを知っているからである。
「どうした」私は不満げに言う。
「、、、、、」
女はそれでも答えようとしない。
「どうしたのだ」
「ここでは食事の支度はできないのです」
「何故だ。ここは私の家だろう」
「ですが、、、、」
「なんだ」
「この家はあなたのものでも」
「ここの権利はあなたのものではありません」
「ええっ」
「この土地で作った作物はこの国の大王の許可がいります」
「金を出せば問題ないだろう」
「ではそのお金をお出し下さい」
「いいだろう」
と、私はズボンのポケットから財布を出して中をあけて見る。すると、財布の中にお札があるにはあるが、その札は黒くなっていて、札と判別が出来なかった。
「この国にはこの国の掟があります。大事なことはこの国で取れた食べ物で、それと交換するには掟によるのです」
「その掟とは」
「大王のお許しとか北斗七星と南十字星の診断が必要です」
「どう言うことだ」
「あなたの体を全部取り替えることです」
それは妻と同じ
身分、とまり死ぬことなのだろう。
「死ぬことか」
「そうなります」
「それは出来ない」
「では大王の許可がいります」
「許可を取ればいいだろう」
「それほど簡単なことではないのです」
「やって見てくれ、お前は私の妻だろう」
暫し、無言で私を見つめていたその女はふと、視線を上げた。
「難しいことですがやってみます。けれど、この部屋の向こうに私は行きますが、決してこの部屋の扉を開けて、向こうの部屋を見ないで下さい。約束出来ますか」
「ああ、それが決まりならそうするよ」
女は扉を次の間の扉を空ける時、私に「後ろを向いて下さい」と言い次の部屋に消えて行った。ふと流れてくる風は絵も言われない芳しい香りであった。
どの位の時間が経ったのだろうか。気がついてみれば、数時間は口に食べ物を入れていない。それをおもうと、一挙に空腹感が増してきた。
さらに、子一時間は経っただろうか、依然として、女は戻る気配を見せない。私の気持ちに焦燥感が芽生え、落ち着きのないいたたまれなさがやって来る。多少の発汗が見られ、手足が気だるいのが不快だ。
すると、なにやら女が最早、ここへ来ることがないのではないかと言った脅迫観念に捉われ、不安になるのだった。女との約束は思いださなかった訳ではなかったが、あれは都合のいい、姿を眩ます言い訳なのではないかと疑ってしまう。
そうなると、軽い自暴自棄の気持ちが訪れて、約束の意味は薄れ、無責任な気持ちにさせる。
「なんとかなるだろう」
私は次の間の扉のノブに手を掛けて押した。先程の良い香りとは異なった腐ったような臭いが鼻に付く。
暗い部屋はまるで洞窟である。手前は狭く、先に行くほど広くなっている。
ああ、そこに視た光景は醜悪なものであった。
洞窟の奥は仄かに火が点って見える。それはまるで縄文時代の土偶を思わせる人形(ひとがた)があった。。中腰で蹲踞し、頭には火炎を思わせる蛟(みずち)が天を目指している、からだ全体には渦巻き紋がしるされていた。下腹部からは淫水が流れ出ていて、まるで出産の最中を思わせる。その淫水が流れる下に女の腐食した死体が置かれ、雷(いかずち)が唸るような光を発していた。
私は恐怖感で足が竦み、後ろの部屋へと逃げ出した。すると、死んでいたはずの女はむっくりと起き出して、眼を輝かしながら「視たな」と恐ろしい声で叫びながら、私を追いかける。扉の向かうは田園が広がる村であるはずである。しかし、私の思惑とは異なり、そこもまた、光り苔の密生した沼地のような洞窟であった。点るような、消えるような頼りない燐光は私を竦ませる。後ろに鬼のような女が迫っていなければ私は座り込んでいただろうが、逃げなければ噛み殺されるといった恐怖感だけが、わたしを突き動かしていた。
「視たな」再び女は叫ぶ。私は逃げる。必死で逃なければ私はかみ殺されるのだ。咄嗟にポケットの小銭を投げる。さらに、整髪のための櫛をも投げつけた。櫛は一回転して、橘の木になり、鬼女の行く手を遮った。洞窟の出口まで辿り着き、洞窟の脇に生えている桃の木から桃の実を三つもぎ取り、鬼女に投げつけると、鬼女は一瞬たじろいた。その隙に私は洞窟の入り口を磐(いわ)で塞ぎ、表へ出た。
そこは私の部屋であった。台所の扉は閉じられている。居間と言おうか寝室と言おうか、そこの扉は開け放してあった。
私は布団の中で目を瞑る。薄明かりの部屋がゆっくり回っている。軽い眩暈が私に違和感をもたらし、昨日までの体験が色あせていて、明日が霞んで見透おしがつきにくい。まるで、卵の中のゲル状の曖昧な現実の中にいるようだ。
もうどうなっているのか解らなくなっている。このままでは、意識に支障をきたしそうである。寝なければ、ここは悪夢を忘れなければ、眠ることで禊をしなければ、明日がないようなきがしている。「寝なければ」「寝なければ」と自分に言い聞かせて、眠りについた。









(続く)







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