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幸福の追求で話題になったブ~タンが民主化で若者がテレビやネットで先進国の文化を知り、都会に進出しているという。そのため地方の過疎化が始まり、都市での安アパ~トの建設が乱立して活況を呈していると言う。数十年前の日本を思わせる。

聖書に「知恵のなる木の実」を食べてアダムとイブを神は天国から追放した所謂「失楽園」の説話や「古事記」の黄泉の神話(見る事は知る事とです)など、「知ること」の深い意味を提起しています。

「知ること」は重要なことです。しかし「知って」それに「同化する」ことは退廃を意味します。現代は確かの「個の確立」「個人の自由の許容」は人類に進歩を生んだように思われます。しかし、一方地球を汚し、貧富の差を生んできました。自由市場は需要供給の原理は大量生産と余剰在庫の処理に、消費者の存在を量産しなければならなくなりました。先進国はアジアを標的に、そこが満杯になると新たな供給先を創生しなければなりませんでした。多分、次ぎはアフリカでしょう。

私は古代史から「氏神の思想」を学び、「黄泉戸喰い」を知り、生まれた土地の重要性を学んだつもりです。現代は、余りにも「個人を尊重する」に及びすぎ、全体の調和を失いすぎています。近視眼が過ぎてはいけないのです。先々を創造し、未来の幸福を追求する「知恵」を持つべきです。「個」の成熟はここが限界です。合理主義・科学主義は限界を迎えています。今はその状況を「止揚」(現状を高く知り、その状況を突き抜けること)すべきです。

「和」はその足がかりになると思います。再考を要します。
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