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猿田毘古神はニニギ命を先導して、天宇受女命と血縁され伊勢の海で比良夫貝に喰い合わされて、溺死する。この童話に近い話に多分、疑問を持つ前に通りすぎた人は多いでしょう。私は以前からこの伝承に何か引っかかるものがありました。あまりにも突飛で現実性の余地がないように思われたからです。

私の想像でこの伝承を解釈すれば、猿田毘古は出雲の先住民族であろうと思います。その先住民が渡来民のニニギに服従し、天宇受女と血縁をさせられ、伊勢に行く。分類でいえば、猿田毘古は山の民であろう。その山の民が出雲の民だと言うことが問題で、出雲が大和族に征服された史実が反映されたのだと思います。

それでは何故、ヒラブガイ貝に殺されたののでしょう。貝は南方産の二枚貝だと言われています。つまり、それが海人族の象徴だとすると、猿田毘古が出雲の南方の海人族との交流の場で親交があり、特別な関係があったと考えられます。その戦略的な秘匿事項が猿田毘古の裏切りの結果、南方海人族が制裁のために暗殺したとする話だと解釈しました。

そう考えたのですが、少々、我田引水な話だと思ってはいます。しかし、当たらずといえず遠からずでしょう。

又、類似した伝承があります。それは中臣鎌足の長男・定慧の暗殺です。定慧は天智天皇の子とも孝徳天皇の子との言われています。私は定慧は戦略的な暗殺の臭いを感じるのです。定慧は猿田毘古的な暗殺なのではないでしょうか。根拠はありません。私の想像でしかないのですが。
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