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山崎さんと触れ合ったのは「白い巨塔」である。そして、山本薩夫監督の「華麗なる一族」にたどりつく。組織の悪と言うより患部・癌を暴いた作家である。私にとって松本清張と対比される作家である。共に戦後の反省から首発している訳だが、私も少々考えさせられた。今、作家達はそうした国家的な問題を取り上げてない。いや、出版社が個人の卑小な問題に方向を展開されようとしている。状況は組合は口を閉ざされ、若者は不満を抑制察せられている。平和と言えば聞こえはいいが、実は巧妙に牙を抜かれているのである。少々の政治的爆発は事前に抑えられてしまう。私は若者がエネルギィを抑制される世の中は衰退に向う危険な国家だと思っている。
若者の純粋性や不満を閉じ込めてしまえば、所謂オタクとか犯罪に充満してゆく。陰湿で凶暴な世の中になって行く。淀んだ充血した世の中はそういう世の中である。

これは施政者が戦後の総括をはっきりさせず、有耶無耶に施政をやりやすくする舵取りにほかならない。山崎さんや松本氏が目指した精神はその総括を彼等なりの手段で追求していたと言える。

山崎豊子の死は、それらの「死」を意味する。そこで私は立ち止まらざるを得ない。誰からかその遺産を引き継がなければならない。そして、私の私なりの方法でそれを表現しようと。私にとってそれらに応えられるとしたら、全国占領軍遺族被害者連盟の軌跡であろう。現実的な運動は最早、終結している。今、私ができることは、それを残すことだが、諦めて私は末弟にその運動を譲った手前、資料は殆ど残っていない。その末弟も挫折して、過労と挫折による退廃で酒と不節制で野垂れ死にしてしまい、資料はかなり少なくなってしまった。

全国占領軍遺族被害者連盟の軌跡を黄泉返らすには、再び取材をやり直すより方法はない。かなりの決心が必要である。今の私にそのエネルギィが残っているだろうか疑問だが、出来うる限りの取材を行なおうと考え始めた。困難を承知で歩み出そうと決心する。「古代史」と「戦後の連盟史」は両立するだろうか。
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