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2011.05.24 昨日の夢
夢を見ました。嘗て、経験も体験もしたこともないものでした。
ある村の出来事です。某村はその村の政策で凧を飛ばし、PRのため凧を返還した者には村の農作物を進呈すると言うものであった。ただ、なぜ凧が取り扱われたのか解りません。その施策は効果があまり期待できない。それなのに凧を飛ばしています。
多分、村は年を経るごとに、過疎化して行き、数年前から、過疎化を止めるための対策を講じていたのは事実である。この村の村長は独裁性の強い人で、いつも選挙では他の候補の届出を許しません。候補者が出てくると、陰に陽に妨害をして、候補者を引きずり降ろします。ですから、役人も村会議員も村長に逆らおうとするものは皆無なのです。数年前、その村長が過疎化対策を提案して、闇雲に施策を実行したのです。今度の凧上げ事案もその一つなのですが、沢山の事案の一つのため、忘れ去られていたに違いありません。

私は村にある公営遊園地に勤めていました。役職は確か、係長だったと思います。そこの従業員の子供が二人遊びに来ていて、その遊園地の上を凧が飛んでいるのを子供の一人が見つけます。その子等のうち、年上の昭彦が村の入口にある掲示板の表示を覚えていて、凧を追いました。遊園地の先には丘が連なり、凧はその麓の叢の中に落ちます。明彦が探す間、前に飛ばしたと思われる凧が四つ合計五つ見つかりました。
昭雄がその凧を事務所に持ち帰り、私に示して、村の役場に持参しようと申し出ます。告示は大して重要な事とは思われません。思いつきにすぎないと思われます。その付帯事項として、凧に付いている半券を持参すれば季節の果物を進呈すると小さくかいてあったのが昭雄の目に止まったのでしょう。
私はその告知も知らなかったので、昭雄の要求を拒みますと、昭雄は猛然とそれに抗議します。
「おかしいよ。だって、村の掲示板にちゃんと書いてあったでしょう」
私は当然、その掲示が村の主な施策でないことは解っています。なぜなら、主な施策なら通達の時、その表示は私達にも知らせられるはずだからです。大体、一から三の段階に分かれていて、多分「凧」の件は最下位が濃度なのです。それもある程度時間が経過して、あまり効果がなく、うやむやに時間が過ぎていたに違いありません。
これまでの経験でそんな件をいまさら、村の役場に持ち込んでもうやむやにされるのが堕ち(おち)で、記憶しておく必要はないと考えた方が得策なのです。
「昭雄、もう村の人は忘れているよ」
と、私は大人に言うように昭雄へ言います。大体がこの村のやることは一人よがりなとこがあって、自らに甘く、他には厳しいのです。しかし、子供にはそんな理屈は通じません。
「おかしいよ。だって、書いてあるのは約束でしょう。おかしいよ」
と言って譲りません。
それから二、三説得しましたが子供の正論には現実的な方便は通用しません。私は仕方なく、前からの事案であった事務所の改築申請と抱き合わせて提示することにしたのです。改築事案は根回しが済んでいるので、許可されるでしょう。
私は凧の端(はし)に付いている交換標識(小さな標識印)を五枚持参して村の役所へ持って行くことにしました。事務所を出ようとすると、昭雄も付いて行くと言います、村の役場の執務を考えると、時間と手間が掛かるのは解っています。昭雄を連れて行くには煩わしいことなのは容易に想像できます。そこで昭雄は事務所に残るよう説得しますが、先程の掲示板の曖昧な説明が昭雄に猜疑心を沸き起こらせたのか、一緒に行くと言って聞きません。わたしは仕方なく、昭雄を伴って村役場へむかいました。
案の定、役場の窓口は混んでいて、雑然としています。そこには、整列と言う訳でもなく雑然とも言えない奇妙な秩序があるのです。
かつて、順番待ちをしていて、その秩序的な無秩序な並に某村会議員に割り込まれたことがあります。この並びはそうした出来事を包括した雰囲気が漂っているのです。大体は例外なく事は過ぎて行くのですが、時折その例外が顔を見せます。その時は、知らぬ振りをしなければなりません。もし、抗議などすれば、後々嫌なしっぺ返しを受けることになるからです。
今回は幸いにも何も起こらずに進行しましたが、待たされるのは相かわらずです。数十分待たされて、窓口に呼び出されました。書類を事務員に渡すと、女事務員はそれを受け取り、少し苦笑いをしてから、書類の端を指先で弾きました。そして「少し、お待ちを」と言って、奥の事務室へ向かったのです。そこは明らかに事務長室で予め、事務長の指示があって、それを告げに行ったようでした。と言うのはこの一件は既に、根回しが出来ているので、事務長に説明を求められのは想定内ではありました。勿論、私は入室を許されて、事務長に様々な説明をしなければならない。しかし、入室は当事者だけでその外の人間は認められません。中には規則の緩やか村役場もありますが、ここは意外と厳格で他の入室は禁止されていて、昭雄は事務所の外で待つことになります。
子供は順応性が早く、じっとしていないのは周知の事実です。私の心配はそこにあります。昭雄のことです自分で決めたことはすぐに実行します。人の注意を聞くような性格ではないのです。
私が事務長と面談している間に何をしでかすか判ったものではありません。私は気がかりな面持ちのまま女事務員に導かれて、事務長室へむかいます。
事務長室は意外と質素でした。ただ一つ部屋の壁には安藤広重の浮世絵が架かっているのがこの部屋の雰囲気を落ち着かせます。机も木製だが、それほど高価なものとはいえません。その前にある接客用のソファアは革製ではなく、布製のものでした。
事務長は痩せた啄木鳥を思わせます。目は鋭く、険しい。鼻はまるで鷲の鼻である。全体として暗い印象で、意地の強そうなのは厳格で皮肉屋の役人の特質なのでありましょう。
「改修の件は許可を出してあるが、この凧は何かね」
事務長は訝しげである。
「それは村の掲示板によると、半年前に告示されています」
「そうか。今、確認をさせているが記憶にない。まあ、告知の件数が大すぎるので、細かい事案についてはいちいち覚えきれない」
と、ふと視線を上げて、一人ごとのように呟いた。すると、電話の発信音が鳴り、事務長はそれに聞き入った。相槌を打ち、頷く。そして電話機を置くと「あれはもう締め切っている」と言う。
しかし、それは誤りであることが判っている。昭雄は既に、期限の表示は裏の端に記してあるのを確かめている。
「事務長、うらの右端に明記してあります」
事務長は半券の裏を眺めた。確かに、日付は刻時されてた。彼は私を一瞥してから、怒ったように言った。
「これから審査が必要なのだ」
言い訳にすぎない。私は返答に躊躇する。正論をかざし、彼の言い訳と言う弱気を付いていけば、強行突破は出来るだろうが、差し詰め事務所の改修の件に影響を及ぼすことは確実である。ここで妥協すれば、今度は昭雄への説得が容易ではなくなる。
うちの課長なら何のためらいもなく事務長の意見に従うだろう。若いのに役所の外郭団体ではあるが、私より十数年出世が早いのは、彼が仕事に関しては私情を決して持ち込まないからであろう。私にはそれが出来ない。昭雄の考えていることも斟酌してしまうと、彼の思惑のほうが正しいのだからその言い分をきいてしまうのは予想できてしまう。
「子供は純粋ですから約束ごとに関しては真剣に考えてしまいます。どうか、子供の立場を斟酌して、事務長のご英断をお願いします」
事務長は険しい目付きで私を見つめ、一呼吸をてから、やおら電話をつかみ、係員を呼んだ。
係りの男は直ぐに遣ってきて、事務長の耳元で囁き、去っていった。
「そうは簡単に行く事案ではないのだ」
「どう言うことなのですか」
「商品は季節の農作物だから、農協との話し合いが必要なのだ。在庫の確認もあるし、直ぐに結論はでない」
ここまで聞けば、役所の常套手段で時間を稼いで、問題をうやむやにする目論見が煤けて見えてしまう。
「ここで事務長のご即談という訳にはいかないのでしょうか」
事務長の即断がなければ、この件は何だかんだとうやむやにされてしまうだろう。
「結論、わしが出せるわけないだろう。君、ここは民主主義の国だよ。協議、協議、それを重ねなければならないのだ」
都合のいい言い訳である。そのために派閥を造り、部下にはそれなりの甘い(うまい)餌を食わせているのではないか。事務長が強行すれば大体の事案は通る。村人はそれくらいのことは解っているが、面倒くさいので見過ごしているにすぎない。
「そこを何とか」と食い下がると、事務長はじっと私を見つめた。
その眼底からは、蜘蛛の巣のような糸が無数に飛び出しているように見える。
私は一瞬たじろいで、彼から目を背けた。
少し、部屋の明かりが暗くなったように思われた。暗い腹の底に響くような音がして、私は立ち上がって走り出していた。何故そうしたのか、私にも解らない。その場の雰囲気がそうさしたのだと思う。
事務長室の脇の扉、こんな所にこんな出口があることは私は知らなかった。どうやら、事務長の緊急避難のための抜け穴らしい。私はその狭い廊下を走り出していた。湿度と黴の臭いの立ち込める廊下はかなり古いもので、暫らくは使用されていなっかたのだろう朽ち果てている。足場はぬかるみ、走りにくい、廊下は百米ほど行くと、急に曲がり、東北に向きを変える。
多分、村役場の背後に聳え立つ崖を抜けて、村の墓地群に行き着くはずだ。案の定、廊下は岩が剥き出しの洞窟につながり、墓場の外れにある洞窟に出た。そこは村の管理する共同墓地である。戸籍で確認が出来ない亡者を埋葬している。
洞窟を百米ほど行くと、地下室への坑道があり、その先には土葬の土室があった。土室は石垣で覆われ、やはり東北の方角に遺体を安置するように造られてある。そこは深い穴が掘られ、安置と言うより無残に遺体を投げ込むと言ったほうが正しいかもしれない。その穴の上に二つの窪みがあり、東側には背後に竜が刻まれ、朱に塗られた土偶が安置され、北側は大亀で同じ土偶が立っている。土偶の胸には渦巻き模様が施され、全体は卍模様が刻まれている。
土偶の眼光は異様で阿修羅のごとく恐ろしい。今にも、歯をむき出し、飛び掛りそうな雰囲気がかもし出されているのは優れた彫刻の巧みによるものだろう。周囲の黴と腐臭の息詰まる臭気が脳の機能を完全に狂わせている。
私はその臭気に思考力を麻痺させ、朦朧とした面持ちで立ちつくしていると、表の方からなにやら声がしていた。
聞き耳を立ってると、その声は昭雄の声である。
「うう、ううつ」
少しずつその声が大きくなってくる。重々しい部屋の扉が開くと、二匹の赤と蒼(あお)の羅卒に引かれた昭雄が現れた。羅卒の容貌はまるで干からびて、痩せ細った猿のようである。眼球は爛々と黄金色に輝き、口には鋭い二本の牙が剥き出しになっている。皮膚は魚の鱗の鎧を思わし、爪は鷹のそれである。
青い羅卒は猿の頭を持つ河童を思わせる。赤い羅卒は炎の中を身をくねらすオロチそのものである。
連れてこられたのは、昭雄であった。昭雄は口に轡を嵌められものが言えない。苦しそうに呻き、目には涙が溢れている。恐怖心が身体を包み、振るへを超えて硬直ている。
「どうししたんだ」
私の声も震えて、そう言うのがやっとであった。しかし、羅卒は無言である。鋭い生気さえも吸い取ってしまいそうな恐ろしげな目付きで私を睨みつける。
再び、私が「昭雄が何をしたんだ」と、質すと青鬼がくぐもった吠えるような声で怒鳴った。
「掟違反だ」
「だから、何をしたのかと聞いているのです」
「反抗は罪なのだ」
私はここの村役場が独善的で自由が疎外されていることぐらい、了解している。小さな村である。逆らえば村にいずらくなることを予測して、大抵のことは我慢している。しかし、それは現実的な方便である。覚悟を決めて戦うと決めれば、また事情は違う。
「我々にも自由はある」
鬼は無言だ。
「だからと言って、いたいけな子供に無謀でしょう」
「我々に子供も大人もない。上から言われたように、命令を履行するだけだ。穴倉行きだ」
呻き悶える昭雄を大きな鷲のような爪を持つ手で掴み、羅卒は昭雄を引きずっていった。
なんと言う事だ元はといえば、村自体に落ち度があり、昭雄は要求は正当性があるはずだ。手を引くのは村であるのに、その横暴な行為を誰も咎めることをしない。そう言う私さえもあの羅卒に無抵抗であるのだ。村人はそっと耳打ちをする「生贄は必要なのだ」と。
私は村人の言う意味は解っている。昭雄は村にとっては、よそ者なのである。昭雄は母親を早くから亡くし、今では男手一つで彼の父が育てている。昭雄の父は村の中学校の代用教員で、先生としては評判がよくない。都会から遣ってきて、中身のない自由だとか個人保護などと村人にとっては邪魔こそすれ、役に立たない空論を弄ぶ教師として村人には疎まれていた。
その不評な教師の息子もまた、屁理屈の多い異端の子供として、仲間はずれにされている。
今回も、村の会議で決まった規則はそれを実行することが正しい行為なのだが、あの決議は有効に機能しなかったので失効しており、村会議員や村長の思惑では、すでに終結していた。最もこの村では村長の権限が強力でそれだけに村長の意向は無視できない。いや絶対といってよかった。
「あの人に逆らってはいけない。神様みたいな人なのだから、あの人の言うことを聞いていれば間違いない。現に、間違いがなかったではないか」と信じて疑わない。
村長の系図はなにやら、太古の神様の系図で天皇さまをお生みなさった御祖であるさうだ、と村民は噂した。
村には村の掟があり、都会から汚れきった考えを持ち込んで、余計な屁理屈をさしはさむことは村を破壊に導くと、村の老人たちは言う。
現にかつて、村に恐慌が起こった時、国のお偉い様が遣ってきて、村の復興に取り組んだのだが、然してよくはならなかった。それを救ったのが村長で、規則を超えて、資材と村人の無償の行動を強制して、それを乗り切った。村人も村長の威厳と親からの言い伝えを信じて、むらの危機を乗り切った。その神話はそれからの村の行動を規制したのだ。













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