上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
唐の律令に皇帝や皇后の服装を規定した令がある。その唐の律令を模した律令が「大宝律令」「養老律令」である。その律令には天皇と皇后の服装を規定していない。

その理由を梅原師は八世紀の天皇が女帝が主力を締め、服装の重量が重いことが原因の一つに挙げているが、私は「「職員令集解」の文章に注目する。

それは大嘗と鎮魂について述べている項目である。
<唯、この二つの祭は、是れ殊に人主の為にして群庶に及ばず>
この儀式は天皇だけで其の他の人々には及ばないと言う意味である。つまり、
大嘗祭は新天皇の現人神への儀式であり、「天皇」は人から「神」への移行を現した儀式である。

人より神の儀式とは大嘗祭の主題であるが、具体的に言えば、先ず「廻立殿」で<小斎の御湯>で新天皇は天の羽衣を身にまとって「禊」を行なう。その後、大嘗宮(悠紀殿・天神と朝食をおす)で神座と新天皇の御座を設けて供食する。それは天照大神とニニギ命の一体化であり、新天皇とニニギ命の霊継である。それが人からの神・・・現人神への移行と言える。つまり、天皇は生きたままの神と言う訳である。

だからこそ、ヤマトの官僚は{皇帝の人間である事}と区別する為に「天皇」は、あらゆることに恣意的で衣服を規定しない理由であると思う。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/690-a00832e8
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。