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新天皇の継承儀式は「大嘗祭」、出雲の国造就任の儀式は「火継の神事」が行なわれる。

この神事の形態はどちらかと言うと「火継の神事」の方が古式を伝えていると思う。縄文文化の始まりは、やはり土器の発明で火との関りが定住を促し、文化の向上を約束したと思われる。その火は、火山の溶岩とか神鳴り(かみなり)の雷火が直接的な体験からであろう。「日」はその後の考察の結果、抽象されたのだと考えられる。

そう考えると、縄文からの伝承は「出雲」の方が古いと言える。神在祭もそうだが、出雲にはその中心は、先住民族がその統率下にあり、各地から豪族を派遣したのだろう。「出雲風土記」には杵築大社にはその豪族が建立したとある。

<出雲国造の葬儀>
祭主(千家)が亡なると、その死骸に化粧を施し、生きているように見せ、柱にもたせかけて、前に膳を置く。新国造になる人は昼夜兼行して出雲の熊野神社まで行き、そこで火切杵と火切臼で神火を熾し、ご飯を炊いて歯固めの儀式を行なって出雲に帰る。
その後、旧国造は裏門から出されて、出雲市の東南にあった菱根の池の中に赤い牛の背中に括りつけられ、沈められる。
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