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竹取物語は一説には、紀貫之の作品だとも言われる。貫之についてはこれから詳細を調べなくてはならないが、私は
紀貫之が「かな」を使って物語を書く事に興味がある。
当時は知識人としての素養は漢文であり、「かな」は女性用の文字であったと言われる。
「かな」は歌に使われ、巫女達が「天語り」や「神語り」を歌にして伝えていたと言う。「大歌所」がそれであろうが、それには、「太・多氏」が深く関り、「紀氏」も同様であったろう。
一説には、紀貫之は「藤原氏」を快く追っていなかったという。「竹取物語」の倉持皇子は藤原不比等がモデルであったと伝えられる。しかし、当時の不比等は黒幕としては隠然とした勢力を保持しており、これも推測ではあるが学者としても一流で、「日本書紀」にも深く絡んでいたのは言うまでもない。貫之にはその意味で対抗意識が多分にあったはずである。

さて、「竹取物語」の主人公は、<かぐや姫>である。
この「かぐ」にはどういう意味があるのだろう。姫は月から来た神女である。いな、巫女であろう。
貫之の考えた「月」は何を意味していたのか。私は、所謂「高天原」を指していたのではないかと推測している。

「かぐ」は天の香山(かぐやま)の「かぐ」なのではないだろうか。「かぐ」には輝くと言う意味のほかに、古事記や日本書紀に表わされた、香具山の榊や土を思わせる。この山の土の色は「赤」であり、「赤」は鉄を含んだ土地の意味と「赤」は邪気を祓うという呪術的な意味を含んでいる。

天の岩戸にも天照大神を引き出すのに、神々は天の香山(かぐやま)の榊に呪具(鏡や勾玉、フサ)を掲げている。また、神武天皇が土蜘蛛(先住民族)を討つのに天香具山の頂の土を取って、天神地祇に備える平瓦や厳瓦を造り、神々に御酒や供物を供えている。
これらはその中に「霊験あらたかな霊力を有する力」を内在していると言える。それは神の木であり、邪気を祓う「赤」の土であると考えるのが、理に適っている。だからこそ、「かぐや姫」はその霊場である「高天原」に帰ったのであろう。
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