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2014.01.27 大隅と熊曾。
大隅の国についてその由来を調べようと「風土記」を紐解いてみたが、逸文にも僅かな記事が載っているだけで詳細を記したものはなかった。

串良の地名の由来はあり、その中で大隅の郡が見えるが注釈には姶良の誤りだと説明する。後は必志の里の件りと醸造(くちかみのさけ)の件りがあるばかりである。

私が推察するに、「おおすみ」は鹿児島湾の奥まった森林地域が「おおすみ」ではないかと思っている。「おお」は崇拝の「おお」で「すみ」は谷川説を取り「神の鎮座する峻厳なる凛とした聖地」ほどの意味であろう。
そこで思い浮かべるのはニニギ命の妻・神阿田鹿葦津姫の父親・大山祇神の棲む本願地ではないかと推測します。(上野原遺跡がどうしても、ちらつきます)

大山祇神は「日本書紀・神代上・一書の第八」で生まれたと言う。この神はその後、草野神と結ばれる。草野神は野椎の神とも称し、蛇神である。この後裔は阿田姫や足名椎・手名椎である。この系譜に私は興味がある。

そこで「熊曾」ですが、以前述べたように、「熊曾」を「神聖な曾の国」と解釈して、やはり霧島山系の麓である大隅の地が「熊曾」とするのが妥当と思います。「曾」が昔の意味に取るか、私が説く「甑」と解くかは別にして、その地が「上野原遺跡」の蒸し器を備えた<集石遺構>や<連結土坑>、大壺などが出土する、大きく言えば甑状の遺跡がどうも私の脳裏から消えてなくならない。
やはり、「曾」はそうした太古の伝承が、何らかの方法で伝えられたのではないかと言う印象が拭いされないのであります。

日向や薩摩は数千年規模で三回の火山の噴火(薩摩火山噴火BC15000年、桜島火山噴火BC9500年、喜界島火山噴火アカホヤ噴火BC6400年)に見舞われ、そのたびに復活した実績を持つ地域です。その記憶が何らかの形で受け継がれ、「曾」の意味を語らせたと言う仮説は妄想だとは思えない。絶滅を賭して生き抜く知恵を語られないことのほうが不自然なような気が私にはするのです。
「黄色い葉の精霊」(ベルナツィ一ク)の苗族の首長の驚異的な記憶力と語り伝える始祖の伝承を引き合いに出すまでもなく、文字を持たない種族の考えられない底力を私は信じています。それは動物が持つ神秘的な本能にも似て現代人の私達には及ばない力があると推察しているのです。
「曾」に私はそうした観念を視ます。
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