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アニメ・「かぐや姫」を見逃してしまった。そこで嘗て読んだ関裕二氏の「おとぎ話に隠された古代史の謎」を再読した。そこで「竹取物語」についての解釈を披瀝しているのを思い出した。

書き出しは「源氏物語」の作者紫式部は、八世紀に成立した正史「日本書紀」を酷評する一方で、平安初期の「竹取物語」を、「物語の出で来はじめの祖」と絶賛している。と書き出している。彼はその作者を紀貫之と比定して、藤原氏への批判書だとする。彼は天女伝説の豊受大神とのかかわりを説く。

丹後国風土記には、奈具社の伝承があり、天女が比治の里の井(泉)・真奈井に天女が沐浴する為に羽衣を脱ぐ。それを和奈佐の翁が盗み、天女を天に帰れなくさせて、自分の娘にしてしまう。娘は天に帰して欲しいと懇願するが、翁は認めずに、仕方なく天女はこの地へ止まりる。天女は噛み酒を造り翁に孝行する。この酒は霊酒で不老長寿の酒で翁はそれで一財産を築く。すると驕り高ぶった翁は天女を見放し、家から放逐する。天女は放浪の末、竹野(たかの)郡・舟木の里、奈具の村に落ち着く。その天女は豊受大神である。と言う。

「竹取物語」はその伝承から引用して作られたものであろう。
関氏の述べるように、藤原批判の物語りを比喩的に描いたという事は面白くはあるが、この構造は伝統的な手法で「風土記」が根底にある。風土記は朝廷の発想で出来上がったものである。それは単純に藤原批判の書と言うより、もう少し根が深いような気がする。それをもう少し考慮してみたい。

風土記で気になる項目を抜き出してみる。
まず、沐浴、これは禊であろう。八人の天女、天女は何故八人なのか。三でも五でもいいと思うが八は「延喜式」にみられる「神魂、高御魂、生玉、足玉、玉留魂、大宮乃売、大御膳津神、辞代主」(祈年<としごい>祭の祝詞)八人の魂との関係は。何よりここに大御膳津神は豊受大神<宇迦之御魂神>との関りは。また、天の羽衣は「天孫降臨」の真床覆衾なのではないか。噛み酒と稲の問題は。霊酒が不老不死の妙薬で翁が富み栄える。放浪の先で安楽をえる豊受大神の存在。何より、羽衣を盗み、傲慢にも富み栄えると天女をおいだしす翁の非情さに対する「罰」が語られないのは何故か。様々な疑問がこの風土記と「竹取物語」はある。多分、大嘗祭との関りがあるように思うがその点も追求しらければならないだろう。これは時間をかけて調べる価値があると言える。
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