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海人族は古代史においては重要な要素である。

大きく分ければ、安曇族と宗像族に分けられる。宗像族は北九州を本願とする。また、安曇族は南九州と北九州を本願とする。
安曇族は江南と南方諸島が関わる南九州の海の隼人との融合が初期古代史を形成する。私は日本の海人族は野間半島が基点として大隅諸島から沖縄までの文化圏を形成してかこいノ原文化圏として丸木船で交流を図ったと思われる。特に中国江南・長江流域を中心に「倭族」が先住民と融合して広大な海人族集団を作り上げた。文身や断髪、鵜飼の習俗を伝え、末子相続を要(かなめ)に種族を形成した。
南九州に置いては、先ず薩摩と南方諸島との混血による「曾族」(後の山の隼人)が先行し、江南の「倭族」(犬伝承と道教を携え)との交流が薩摩半島を中心に黒潮文化圏を作り上げる。
一方、宗像族は朝鮮半島の文化を持ち込み、長子相続と儒教的精神を基本に北九州の先住民との混血を重ね多数の集団種族を形成した。そこには分身も鵜飼の習俗も少なく江南の「倭族」の習俗より黄河周辺の遊牧民族の風習を受け継いでいる。地域的に海を中心には発達するのは困難で海洋技術は江南の文化には劣るのは自然せ成り行きであろう。江南や南の海人族の海を中心にした生活に比べれば、その技術や経験に格差が出来るのは仕方のない事実で安曇と宗像の決定的な差である。(但し、万葉集の宗像津麻呂(官位)と安曇荒雄(私企業)の伝承は大和朝廷が朝鮮系の結果であろう)


もう一つ「禊」と「誓約」を挙げたい。
「禊」はイザナギ神が黄泉からの穢れをおとすために行う神事である。終盤にイザナギは綿津見神と筒男神を産み、最後に天照大神・月読神・スサノオウを生む。その天照とスサノオウが誓約で生むのが宗像三女神つまり、宗像海人族の祖である。
時間的にはワタツミの末・安曇が先行し、その後で宗像三女神が誕生する。
少し穿ってはいると思うが、中国江南文化が先行し、それを受けて朝鮮海人族がそれを引き継いだと言う解釈も成り立つ。
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