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2014.02.24 夢・現とは。
夢うつつとは何やら儚い。
私もすでに70歳を超えて、過去とか現時とか未来を区切ることに何故か訝しさを覚える。暗たんたる空間が漂い、その中に全てが包まれて、漠然としてあるかのような気がしている。確かに、視る眼は象(かたち)として捉えて、分別しているのに、心の動きはそれを訝る。つまり、年を取った自分を認めようとしない。時間など存在しないかのように年月が宙に浮く。何と虚しく、愚かな思いであるのだろう。
しかし、当の本人ははっきりと納得しては居らず、その茫漠たる空間を是認しようとしている。平たく言えば、気持ちは若く、肉体は衰えていることを訝っているのである。

私の好きな民謡「五ッ木の子守唄」三番
おどがおち(死)んじゅて誰が泣いてくりょうきゃ、裏の松山ァ蝉が鳴く。

この蝉は蜩でしょう。嘯しょうとして風が裏山吹きぬけ、哀しみを染み入らせて、蜩の啼く音闇を溶かす。その寂しさ、侘しさは人の虚しさの極みでと言える。カナカナカナと啼く蝉は黄泉の使いかもしれない。
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