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古事記・崇神紀にこう書かレている。

此の天皇の御世に、役病多いに起こりて、人民死にて尽きなむとしき。ここに天皇愁い嘆きたまひて、神床に坐しし夜、大物主大神、御夢に顕れてのたまわしく、「是は我が御心ぞ。故、意富多多泥古を以ちて、我が御前を祭らしめたまはば、神の気起こらず、国安らかに平らぎなむ。」とのりたまひき。ここを以ちて駅使(はゆまずかい)を四方に班(あか)ちて、意富多多泥古と謂ふ人を求めたまいし時、河内の美努(みの)村に其の人を見得て貢進(たてまつ)りき。

この文章はわかったようで理解し難い文章です。大物主大神がどうして祟るのか原因が判らない。そして、意富多多泥古との関係や意富多多泥古の住む美努村はどのような地域なのか。私には理解不明であった。

大物主は大和に居住していた先住民である。それは産土神であろう。
産土とは、女性がお産をする際、敷き詰めた藁や萱の下に敷かれた土である。お産の体液が染み付いた創生の象徴の土である。土は、宇宙創生から存在した固有唯一の土地である。その土地を原住民は敬い大切に抱いて慈しみ、大切にしていたものであろう。原住民にとっては、生存そのものといってよいだろう。大和にとっては、その頂点が大物主神である。それを神武天皇が武力で奪い取ったのである。
その意味では、長髄彦は大和の首長といいっていいと思う。その両者を時の天皇は抹殺してしまったのである。それは遺恨どころの仕業ではないだろう。存在を抹殺された恨みは筆紙に尽くし難い。産霊の大物主の怒りが祟りとなって現れたのは自然の成り行きであろう。

意富多多泥古は大田田根子であろう。三輪山は御和山であろうし、大きな田、つまり産土の使用者そして根子は原住民の意味であろうし、美努は御野(ぬ、又は、の)と言える。大田田根子は大和を守る原住民の呪術者であろう。
産土が取り持つ・神と人の関係が斎き祭らす祭儀の顕れと解釈したい。

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