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1、日本語は呉音系が主体である。(内藤武久説)2、南九州の習俗(鵜飼・文身・断髪など)は江南的である。3、古代の中国に渡った官人は呉の太伯の後裔(この伝承には錯誤があり、太伯には末裔は居らず、弟の仲擁が正当な継続者です。周の祖)4、大嘗宮の建築様式は高床式である。(正当な天皇の継承儀礼で、南方海人族の建築様式で、南巣北穴のように、北は穴<竪穴式>である。)5、阿礼(創生)は安曇氏の禊が先で、誓約は時間的には後である(解釈は中国文化が先で、弥生・朝鮮文化は後である)6、久米氏は本居宣長説の唱える南方説。7、ニニギ命や神武天皇の重臣は久米氏である。(南九州の皇族である)等が初期王朝が南九州説を表わしている。

縄文期には、明らかに文化は北九州より南九州が高く、それは上野原遺跡やかこいノ原遺跡に現れ、海人の要素は縄文草創期より高度の文化を呈している。野間半島から大隅諸島、沖縄までのかこいノ原文化圏はかこいノ原遺跡の丸ノミ式石斧の出土が根源であろう。薩摩海人族は黒潮を利して各地との交流を可能にしている。

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