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2014.04.05 産土私考。
私は去年の夏、眼の障碍で失明寸前の状況に陥った。その直後、読書意欲が減退して古いノ一トを見返していて、そろそろ、それらの素材を元に私考を行ってもいいだろうと考え始めた。それは一つの喜びである。

私は「産土」の始まりを調べていた。産土は多分、海辺の習俗である。

その要約は次のような記述である。
「産小屋の一番下に砂を敷き、そこに「藁しべ」を置く、その上に茣蓙や蓆(むしろ)を重ね、妊婦の腰の周りに「藁の束」を巻いて、ボロ布団に凭れながら蹲踞する。力綱を握りながら「子を産む」、そして、産婦が入れ替わるたびにその藁を変えた。その砂を「産土」と言う。元々、産小屋は一回終われば、その小屋を焼いた」

これは、明らかに海人族の習俗であろう。産褥の体液と血の問題がそこに語られている。しかし、私はこれと同様の生態を「土偶」の蹲踞の姿勢に視る。それもまた、「お産」の形であった。

この土で出来た「土偶」は明らかに「山の民」の産物であろう。土偶は粘土で造られ、それを焼く。私はそこに「山の民」の習俗を視ます。そして、その行程は海人族のそれと同質のものだと思われる。そこの違いは「産小屋」を焼くか焼かないかの違いであろう。
産小屋を焼く習俗は「山幸・海幸」の物語に書かれているが、元々、そこには縄文から続く「土偶」の精神が息ずいている。「氏神」の精神は、そこに依拠していると私は考えています。
そこには、「血」の問題が流れています。「黄泉戸喫い(よもつへぐい)」の問題は根源的にそこに現れています。地産地消は哲学的な命題で、地元に出来た食物が「血」になり、人を形成します。そこには自然環境がその人の思考を形態を創り、人の性格を創ります。その作用の繰り返しがDNAに刻み込まれる神秘が産まれるのではないでしょうか。谷川健一師の命題(縄文からの意識の連続性)が私には、慧眼と言わざるを言えません。流石に「地名学者」の本領を納得しました。
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