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天岩屋戸神話は失われた太陽が回復する話と言うのが通説ですが、それ程単純な話だとは思われない。
「古事記」は天照大神が隠れた原因を次ぎのように記している。

天照大神が忌屋について神御衣を織らしていた時、スサノオウ命が皮を剥いだ天斑馬をそこに投げ入れて、織姫が織機のヒに陰部(ホト)を衝いて死んだ。

そのために、天照大神は岩屋戸に身を隠す。スサノオウはその前には、田を壊したり、糞を撒き散らしたり狼藉を働くが天照大神は我慢をしている。つまり、農耕儀礼に対しては譲歩をしているのに、織物に関しては(養蚕)許していない。
私はここで「蜀」の蚕伝承を思わずにはいない。(この伝承は東北・オシラ伝承にも見られる)

ある時、絹織物を商う男が出かけていったきり三年も帰って来なかった。その娘は心配して、自分の家の飼い馬に「お前が父を見つけてきたら、お前の嫁になる」と約束をする。すると、馬は出かけて、父を連れて帰ってきた。そして、娘から馬との約束を聞いて怒り、馬を殺し、馬の皮を剥いで庭の木に吊るした。すると、娘がそこに通りかかると、馬の皮は娘を包んで天に昇っていった。天で二人は織物を織って暮らしたのだ。

又、「蜀」では次ぎのような話も伝わる。
「太陽樹」信仰である。

太陽が湯谷の扶桑に昇り、その梢から天空へと旅立ち、蒙谷へ沈んで、地下水に潜って、再び湯谷へ帰るという。
「蜀」は、蜀犬、陽に吠える(太陽が顔を出す確率が少ない蜀は陽が照ると犬が驚いて吠えるたとえです)
そのくらい日照時間が少なく、雨量が多い。桑は多分に水分を要求する植物であった。なにやら、出雲の気象と似たような情景だが、大和もまた、同じような環境でもある。

それらの伝承を総合すると、養蚕伝承が「馬の皮剥ぎ」の行為に重なり、そこに呪術的な観念が習合して神話を形成しているような気がしてならない。
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