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もとより、私達の祖先は文字を持たなかった。会話が伝達機関として使われていた。音を聞き分けて意味を知るのである。
だから、日本においては、漢字より「かな」が成立する素地が備わっていたと言える。例えば「ちち」と言えば「父」とか「乳」が思い浮かべます。「父」と「乳」とは漢字の形態は異なり,その意味は異なっているように思います。
しかし、その根源では「血」が基本的に関わっているのが解かります。

「父」は精子を持ち、「卵子」と結合して、子をつくります。その内容から考えると、「父・ちち」は生命を授ける源といっていいでしょう。
「乳・ちち」も又、それは血液と同等の意味を持ち、生きる源であります。生きる源に「血」が介在していることが共通項であります。

それでは「母・はは」はどうでしょう。「はは」は古代語では「蛇・はは」を意味します。
蛇は山容に譬えられ、「甑立て」と云われ、こんもりとした山容は妊婦の腹の膨らみにも譬えられます。

山は、水を作り、川となって流れます。そこには雲が立ちのぼり、森を生み、草木や鹿・猪などを育みます。絶え間ない生産の場こそ、山そのものなのです。それが女性に譬えられるのは、そういった飽くなき生産の営みが山にあるからなのでしょう。

山容はその形を蛇に譬えられ、又、妊婦の形とも共通の形であるとされています。そして、その源は「生む」と言う行為に携わっています。蛇が山に住み、その象徴としての存在を欲しいまま、神秘性が「はは」となずけられた「いわれ」などではないでしょうか。
そういえば、「地」は「ち」であり、「くに」と呼ばれます。それはまた、「霊・ち」でもあるのです。地元の神を氏神と言うのは、「地」と「霊・ち」の根源からとられたと思います。
氏神を産土神と言う。その土地の神であるのだが、私は「古事記」の「黄泉戸喫」はその土地の食物を食した者と言う意味にとっている。土地(とち)を「くに」と言うのは、「血・ち」と関りを持っていると思っている。地産地消の深い意味は、今のように流通が多岐にわたっていて、地産と「食」の関係は希薄になっているのは、哀しくもあり、拡散の時代を感じると共に、何やら得も言えない不安感を覚える。


食物とは生きる糧であり、それは血肉となって、活動の源となる。その土地の食物はその土地の自然環境の中で有機的に関り、自然循環の連鎖を組み込み、大きなうねりとなって、核を形成する。
私は人のDNAはそうした大きなうねりの中で電子的に関り、存在を決めてゆくと考えている。
近来、電子が人のDNAに大きく関わっていることを解明している。
ある土地の自然循環は有機的・総体的にその生きる糧である事と大きく関わっているを証明している。
その土地の性格を決める要因は、そうした自然との営みの中で決められるて行くのであろうと思われる。多分、所属の深い意味はそこにあり、産土や氏神の意味もそこにあると思われる。

産土は嘗て、妊婦が「お産」を行う時、まず、小屋を作り、床に「土」を敷き、「萱」を置いて、その上に「蓆」を敷き詰める。そして、目の前に綱を架け、立って「お産」をする。「お産」が終了すると、小屋は壊されて焼かれると言う。
(縄文時代の土偶は、朱に塗って、矢張り立って「お産」をしている。産土小屋の「お産」はその伝承なのであろう)

産土小屋の「土・つち」に沁み込んだ土を「産土」と言うのだが、その産液は海水の濃度と同じだと言われている。その産液こそ「血・ち」と同質のものであり、「土地・とち」の意味もそこにある。

私は「父」や「母」を調べていて、行き着く所は「ち」であり、「地・血」に辿り着く。産土と誕生(阿礼)が「古事記」・「日本書紀」の神話の基本にあることに気ずいた。一つは「阿礼」でもう一つは「黄泉」である。極論を言えば、天津国(高御皇産霊神)と国津くに(神皇産霊神)に分けられるのが解かった。
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