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私は鴨氏を調べて行くうちに、大和へ奈良へと誘われて行きます。
事実、奈良についてはその語源さえも知りませんでした。奈良は楢の木との由来が地名を決めたと思っていました。しかし、「草木を踏み平(なら)した所を意味すると言った説話が本貫でしょう。

崇神紀は、武埴安彦が反乱を起こすと、精兵を率いて「那羅山」に登ったが、官軍が集結し、草木を踏み馴らしたので、その山を「那羅山」としたと記し、地名起源説話とした。
これは、明らかに付会であって、古来先住地にあった原話を取り込んだのでしょう。

大和(おおわ)の地・奈良の氏神は大神(大物主神)であって、その神を祀るのが大神神社です。その祭神は、三輪山の神・「み」さんで白蛇」です。<・・・・池田源太氏は、蛇を神と仰ぐ信仰は日本列島に普遍的にある信仰だと説いています>
崇神天皇の「祟り説話」を持ち出すまでもなく、この祟りの根源は氏神の怒りです。それは
エリア一デを引き合いに出さないでも、蛇・大地の精霊の怒りである事が理解できます。
侵略は罪です。しかし、愚者・人間にとっては必要悪なのでしょう。歴史はその血で築かれて来ました。それが現在です。

大和は明らかに、先住民・大神である大物主の率いる「和人」の居住地でした。その血を穢して奪った災いが皇孫に及ぼした数々の祟りです。

「三輪山は日の出る山、二上山は日に入る山」と言います。
私は、何故か、日の没する二上山が気がかりになっています。其処には、当麻氏(葬送を司どる伴部)がいるのです。
ご存知のように、当麻氏は野見氏に祭祀事で破れます。野見宿禰が祭祀権をえて、当麻蹴速が失う構図は、高魂神と神魂神に比し、天照大神と大国主神の国譲りに譬えられます。
ここまで行き着くと、二上山(サヌカイトの火山岩の山)がまるで黄泉の入り口のような気がしてきます。大国主は長髄彦で天照大神は神武天皇なのではないのでしょうか。

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