上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
予てから大物主神が大己貴神の幸魂・奇魂について疑問を持っていた。
それは大物主神が海の彼方からやってきたと言う点である。その意味は大物主が渡来の神を意味している事になる。しかし、大物主が三輪の土着の神であり、その名称からも神霊を表わし、巫神であることは明らかである。それは地元の神霊にほかならず、大田田根子がその末裔なのを考えれば、なお、意味が明確になる。

大田田根子は、「大」は崇高とか大きいを意味し、「田田」は肥沃な田を、「根子」は先住豪族を表わしている。大田田根子が県主であり、大和朝廷の直轄地の長官である。その経緯は大田田根子が元来、大和の先住民でその土地の所有者であったのが、大和朝廷に服属して奪略された後、任命されたと想像する。

崇神天皇の代で、人災・天災が続き、国が疲弊したのが、大物主の祟りとされる。それは朝廷にその罪の意識があったからで、その報いを想定した結果が「祟り」の表現となって「日本書紀」に記述されたのだろう。

土地(くに)は、黄泉戸喫に見られるように、産土であり、創生を沁み込ませた霊地である。そこで生産された食べ物はその土地の精神をも形造る。土地(とちのチは血でもある)には霊魂が存在するのである。
産土とは、古来、出産の時、土を敷き、萱をはり、蓆を張って出産して産液(血の表わす)の沁みこませた土のことを言い、そこに生命の霊験を伝えていると云える。少々飛躍して言うと、宇宙創生のカオスまでも包含している。その神秘的な霊域が産土であり、そこに存在するのが氏神そして氏子なのである。

つまり、大物主の祟りは氏神・氏子の地底(黄泉)からの叫びでもあるのです。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://nigihayahi91.blog65.fc2.com/tb.php/758-39faa48f
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。