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先日、夜空を劈く落雷を見ていて、子供の頃、松の巨木に落雷して、樹木を切り裂き、焦げた臭いが充満していたのを思い出していた。不思議な事に何故か落雷は杉や松が多かった。
しかし、夜空に光りとともに落ちる雷は鮮やかに一服の絵画を思わせるほど鮮明に脳裏に植えつけられた。古代において、人々はその光景を見て、天と地を結ぶ神の降臨を思ったことであろう。多分、巨木・巨石信仰はそんなところから来たのであろう。

私はなぜか、「幡」を思い浮かべていた。巨木は柱を意味し、旗の布は女性の首に巻く巫女の布ではなかったか、古来、布は人の霊気が移るといわれている。つまり、「幡」とは人の象徴であり、そこに落ちる雷は神の降臨を意味しているのではないかと思った。そういえば、玉串の形状は雷が樹木に取り付く形に似ていないではないだろうか。

そしてこれは単なる思い付きに過ぎないが、「大嘗祭」の神儀は新天皇が旧天皇に触れた瞬間に天照大神が降臨して「現人神」になる儀式なのではないかと推測します。それは古太からの経験が大和の深層心理に影響したと考えるのは考えすぎなのであろうか。いずれにせよ、物(もの・け)が深層に関わって形を変え、現象を形つくるのは古今ありえることである。
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