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出雲の国造が死ぬと、新国造は熊野大社に赴き、火切りの儀式を行い、火切り臼と杵で神飯を炊いて食し、杵築に帰還して旧国造を赤牛に乗せて菱根池に投げ込む。

私はそれを何回も読んでいたので知ってはいた。しかし、本当に理解はしていなかったのだ。
何故、赤牛に旧国造を乗せて、菱根の池に投げ込むと書かれていたのか解ったようになっていた。しかし、それはただ、丸のみをしていたに過ぎなかったのである。

昨日、「阿吽の呼吸」を調べていて、「阿」は始めで「吽」は終りの意味だと見てから、ハッと閃いたのである。
終りの意味に、口偏と牛を会意した文字の印象が、口は池に象徴されその中に牛を投げいえる風景を想像して、火切りの儀式が閃いたのである。
「火」と「水」の問題もあるが(これも根源的な要素だが)、火に水をかけて物事を終わらせる、つまり終結をさせる意味だと考えると、「阿吽」の吽と菱根の池に赤牛との想像図が重なってくる。それは生贄の聖牛と関わると思われるが、あらゆる生命の根源や創生がテ一マになっていて、標記されたと思う。

少しこじつけに過ぎないかと気がかりだが、皇孫の初期・南九州のシラス台地は火山と関わり「火」の神話が皇孫の出自が「海人族」をすれば、「火と水」の神話との関連もでてくる。例えば、神武天皇が大和に往き、紀州を迂回して大和を制覇する熊野に伝わるエピソ一ドは「火」に関わるものが多い。その熊野は出雲の熊野との関連を説く説のあるので、「火と水」の神話は、かなりのスケ一ルで語られることになる。少し腰を入れて追求する事になると思う。
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