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火について興味があり、柳田国男全集を読んでいるうち、精霊流しの項目で火を船に積み川に流す文章に出会う。

そして、何故精霊を船で流すのだろうという疑問が湧く。船・川・火という意味は何だろう。
日本人の心の深層に船にまつわる心理が働いて、それが死者の魂を乗せるのに船を使ったのだろうか。又、蛭子を船で流すが、それとの関連も又、日本人の心に海人族の記憶が甦ってきたのだろうか。

「常世」は海の彼方にあると言う。それとも、我々がよく故郷に思いを馳せる心理は太古の遠い地からやってきた深層が表出したのだろうか。私達の深層に沈積していて、その懐かしい「船」を媒介にして、船の中の「火」を思い出したといえる。
それとも、川の印象は太古の洪水の記憶が心の底にあって、「船」が心の中で動き出したともいえないだろうか。

「生と死」の意識もまた、私の心を左右していた結果が「精霊流し」と船と火と水を総体として映像化したのだろうか。
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