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19歳の女子大生が70代の老婦を殺害した。

その理由に一端は、「人を殺してみたかった」と言うことが報じられている。
何と短絡的で一方的な考え方であろうか。「人を殺せば」自分の将来はどうなるか考えなかったのだろうか。親や兄弟、又周囲の人々に対して迷惑をかけるという事実を放棄するほど無思考で切羽詰まっていたのであろうか。
こうした偏った思考法が世の中に蔓延しているとしたら、恐ろしい事だ。

私は今の安倍政権はこの女子大学生と同様の偏った思考法で進行しているような気がしてならない。

国会の答弁を聞いていても、安倍氏は米英と同様にイスラムの軍事集団を「インシル」と安易に呼んでいる。(民主党の前原氏も同様である。だから私はこの類の議員を信用できないのだ)

私はイスラム国を作った要因の一つには米英の誤った軍事政策があると思っている。特に、如何なる理由があるにしてもイラクのフセイン殺害は犯罪と言っていい暴挙である。
一方、イスラムの他国の市民殺害は偏った知性の欠如した暴君の振る舞いである。米英の施政者と市民を一からげにする愚かな政策も又、誤りである。

日本は愚かな戦争を通じ、敗戦の反省から独自の立場で「もの」を言うべきである。それが主体性と言うものだろう。

今の日本の施政者は自国の(考え方はどうであれ)国民の生命と財産を守る責任がある。だが、現状を見ていると安倍政権はそれを放棄し、偏った見地からしか国民を見ていない。
彼等は、自主性を失い、古代から受け継いだ「もののふ」の精神(私はそれは融和・・・「和」・・・の精神だと思っている)を失い、米英に追従する立場「もの」と物事を評価する精神に同化してしまった。

私は米国の9・11と同様な災害が起こらない事を願う。それは最早、現実のものとなってしまったのである。

もう一言、沖縄の民意を無視して米国の辺野古基地征作を力で行っているようだが、この精神的構造はイスラム国の施政者と変わらない姿勢である。猛省を促したい。
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