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今、私は、近親、相(あい)憎む、と言う言葉を噛みしめている。

米英の思想とイスラムの思想は二者択一主義の白黒の同一を視る。
彼等の神は一つで、心も善と悪を峻別する。その裏腹の白と黒が対立しているに過ぎない。

しかし、日本の神は古来より、「荒魂(あらたま)」と「和魂(にぎたま)」が心の中に共存(混沌)していると考えていた。所謂、混沌(宇宙生成の核)が論理の中心にある。

よく日本人は曖昧であると言われる。しかし、その矛盾を含む曖昧さが慎重さを生み、対話による「大いなる妥協」を模索するからである。
それこそ、日本人が古代から持つ「和」の精神の根本であるからだ。

今回のイスラム国の声明は明らかに、その根源では「国」と言う<抽象>と「庶民」と<生きずく魂>を分けて選択する教条(ドグマ)主義が働き、彼等は大義名分の教条を選んだに過ぎない。(貧富の差の要因は二次的である)それは米英と同様な思考の範疇である。米国がイラクでの誤った残虐な誤戦の思想と同一の範疇である。

私は今、安倍首相は米英の思想に単純に同化する(中東の演説の中でアイシルの用語を使用すべきではなかった)より、日本人の根本にたち帰り、「和」の素晴らしさ考えるべきであった。そうなのです。日本人としての独自性を持つべきだったのである。日本人の根本には「荒魂と和魂」の混沌を内在させている。そのために日本(やまと・・・大和、大いなる和)の精神こそ表現の根拠として使用すべきであったのです。

・・・・私は中国(イスラムが中国と言う国を出さないのが奇妙である)の魏志倭人伝の「倭」は中国は卑語として使用しているが、日本人は「倭を和」と」読んでいたと確信している。魏は音(その時日本は文字を持たなかった)を悪用したに過ぎない。

今こそ、日本人は「大和・大いなる和」にたち帰り、世界に宣言しなければならない。「大いなる妥協(哲学的な)こそ大事なのだと。
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