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先日国会答弁で民主党の議員の質問の際、安倍は野次を飛ばし「日教組はどうなんだ」と全く関係のないことを怒鳴る。私はそれを聞いて哀しくなった。一国の総裁としてあるまじき品性である。

と同時に、彼の本音が出たと感じた。教育と報道の統制が彼の狙いなのである。ラジオ・TV・講演の妨害は私達の見えないとこで、思想統制を行っている。彼はイスラムのテロリストから日本人の生命を守れなかっただけでない。

嘗て、首相の椅子を自らの病気を理由に辞退している。サラリ一マンが病気を理由に辞職するのとは違う。一国の宰相の進退は命をかけて行うべきであった。相撲の横綱はきわまれば引退である。首相もまた辞退は引退が常識であろう。彼は自分の命が欲しくて議員に止まった破廉恥漢である。そんな精神でテロからの人命の奪還は無理である。真剣さは程ほどなのだ。以前から、私は彼の言葉は軽いと主張ている。否、精神が軽いのだ。そんな人に国民の命を守れるわけがない。

彼は自分の立場を守るために、婉曲的に思想を統制している。国民の気がつかないところでお触れを出し、ラジオやTVなどに横槍を入れている。姑息なのだ。噂によれば、元通産官僚の古賀氏が報道関係から干されていると言う。なにやらキナ臭い。それを援護しているのは吉田照美氏だけだと言う。今や、記者クラブは官僚の思想統制の有効な手段と成り下がっている。

敗戦後、報道関係は独自の調査機関を持っていた。だから、官僚や政府の有効な批判は鋭かった。それは自主性がそうさせていたのである。今、東京新聞が非常に目立って論陣を張る。それは東京新聞が記者クラブに所属していないからである。五社報道機関が腰折れなのは記者クラブの所属が足かせになっているからである。良心的な報道機関は今や、記者クラブから脱却して同時な機関をもつべきである。
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