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大和を宗教改革と言う視点から見ると、天照大神信仰は新興宗教といえる。

北九州からやって来た物部氏を中核としたニギハヤヒ族は先ず、先住民族の首長・長髄彦と融和する。大和の宗教は「大神信仰又は大物主信仰」であった。その宗教の強固さは並大抵な信仰ではなかったろう。縄文時代より続いた「和」の宗教は原住民に行当たり、やがて南九州からやって来た神武天皇を悩ましたに相違ない。そこで、所謂、皇孫族はそれに対抗した「天照大神信仰」を立ち上げて祀りあげるのだが、その成果は芳しくなかったであろう。

そこでは物部氏の「大物主信仰」が先行して容易に皇孫族の支配を阻む。蘇我氏の仏教信仰を推進したのは先住民族の宗教観を転換するための豪族や貴族の意識改革から始めたといえる。大和朝廷には旧来の「アニミズム信仰」が「和」の思考を根ずかしいたのを洞察していた。仏教がその精神と同種の形態をとることに着眼し、先住民の信仰を拡散させ、次に大化の改新でその蘇我氏を強引に失脚させる。その破壊の末に「天照大神」を擁立し、大和朝廷の宗教改革を進めて、大化の改新の「戸籍調査」や律令制度をよりやりやする、賢明な政策だと私は考える。
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