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「古事記」の熊會や日向の高千穂の會には意味の深さを感じる。

「會」とは<甑>のことで、蒸し器、蓋のある食器を言い、「苫」の意味を含んでいる。又、蓋は「苫」事を言い、屋根を覆う「茅ちがや」のことである。
「茅」は呪術性の強い言葉で成長力に富み、風雨を防ぐ覆いに用いる。

驚くべきことは、會の地・霧島山山麓には(現・国分市)、縄文草創期遺跡の上野原遺跡があり、そこからは、集石遺構・連穴土坑・大壺・土偶・石皿・敲き石・竪穴式住居などが発掘されていて、明らかに集石遺構は「蒸し器」状態にある。「會」には<昔>の意味もあり、何故か「天孫降臨」の地と符合する。
「古事記」には太安万侶や稗田阿礼が関わり、そこに大歌女が介在し、太古の記憶を引き出している可能性を含んでいる。大いなる想像力を駆使すれば「上野原遺跡」に類する伝承を知悉していたと思うのは可能であると信じる。

大和朝廷の始原を北九州ではなく、南九州から始める慧眼は「古事記」の知識人には見られ、底知れぬ知識力の深さを思い知らされる。考古学上の遺跡は知らなくても、驚異的な記憶の伝承は語り次がれたとしても不思議ではない。そう思わせるほど「古事記」の編者は優秀である。

嘗て「黄色い葉の精霊」を読み、苗族の首長は驚異的な記憶力で祖先の伝承を語り伝えていることを知り、文字を持たない民族の記憶の伝承は驚異的なのを知った。

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