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あんなもの、決して無投票ではない。野田氏の立候補の過程を見ていると、明らかに安倍側の懸命な抑圧行為が煤けて見える。

私は嘗て、沖縄の自民党議員団があれほど辺野古の基地反対を唱えていた沖縄の議員が手のひらを返したように安倍氏に同調して経緯がある。マスゴミはそれに対し何の解説や過程の真実を報道しないが、私はそこに執行部の恫喝があったと推測している。今度の総裁選もまた、自民党議員に対して抑圧が、いや恫喝が働いたと思う。最早、この構造は民主的ではなく、専制主義の発露をかんじる。

集団が人並びに同じ意見で統一されるのは不自然だ。党内議論が戦わせて、討議拘束で統一するのは、まあ認めざるを得ないが、その形跡は見当たらない。明らかに、専制の力学が働いたと考えるのが順当であろう。これも愚民の選挙結果と党内議員規則、立法議員が行政の執行をするという矛盾がなせる業である。
私は今の反知性派が主力を占める危険な自民党政治には諸手を挙げて反対する。思い込みや感情で政治をする政治は危険きわまりない。嘗て安保条約を改定する時、戦争犯罪人でもある、或る政治家は奇妙な自家発電の宣言をしている「声なき声」何と身勝手な論理ではないか。情況は現在より保守政党に甘かった時代であった。
しかし、現在はその政党に対する志向は緩い。だからこそ、選挙における選択は厳しくなければならない。ただ、保守党は先遣の目があって、国民の教育を巧くコントロ一ルしてきた。軟弱な人間を育成してきたのである。教育とは恐ろしいもので、その地点ではなく、後に効果を表わすのである。それに愚民はころりと騙される。後悔後にたたず、である。

ある識者はそれを次ぎの選挙で報復しようと語っている。現在の情況では仕方がないとは思うが、その本質は危険な情況をはらんでいる。情況が窮しているときには、それでは遅いのである。
私はあくまで、賢明に選挙時で厳密な選択をすべきである。雰囲気に流されることなく、想像力を働かせて、本質を見ることである。
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