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私はこの分野を忘備録として書いているつもりでいる。

物部氏は幾つかの面があるが、延喜式に次ぎの記載がある。

処刑の手続きは、先ず刑部省の「録」が犯罪名を読み上げ、会衆に示し、「極」(木偏はない。罪によって人を殺すの意味がある)が刑を執行する旨を宣し、市獄両司に伝える。両司はさらに物部に転告した後、物部は<唯おう>(神意によってその行為を許されるの意味がある)と称し、剣に乗じて囚人を殺戮する。
と書かれている。

私はかねてから、物部氏は縄文時代から土器の製作者であって、土偶の作成に従事していたと考えている。つまり、土偶製作には呪術的要素があり、物事の創生にある神意を感じるからである。確か、宮中の巫女の処刑にも関わり、その生死の及ぶ聖域に踏み込む地位を有している職制をまかされていた特殊な氏族である。
物部氏がニギハヤヒ命を祖とする根拠はニギハヤヒ命が呪術的特権を有し、神との交流を許された階級なのに属している事と無関係ではあるまい。その延長上に警察権や軍事職務がある。
多分、と言うのは未だ実証されていないので仮説でしかないが、先住民としての呪術者が渡来の呪術(ニギハヤヒ)を受け入れ、集合した結果が古代の物部氏なのだろうと、私は推測している。

その後、「古事記」や「日本書紀」の物部氏の記載、出雲の「物部神社の由緒」に表れる、物部の祖・宇摩志麻遅命の流ざんなどで朝廷を追われる根拠は「天照大神」と「大物主神」の信仰が絡み、呪術者として霊意のある物部氏は排斥されたこと、又、「大化の改新」の一つにある宗教改革の一政策もその要素であると私は考えている。
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