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安倍氏の行動を見ていると、明らかに判断力を失い、思い込み、いや、狂気さえ感じ入る。

今は、程ほどに生活は出来ている。しかし、その精神生活は現実の実感を麻痺させていて、想像力を完全に見失っている。つまり、観念の世界で危機感を思い描けても、その先にある受難を創造する前に、心の緩みが耐え切れず、諦めてしまう。「まあいいか。私が行動しなくても誰かがやってくれる。貧乏くじを引く事はない」と他人に依存を決め込む。

これは敗戦後の米国が押し付けた欧米型の個人優先の権利意識がなせる業である。だからと言って私は戦前の無批判家族主義を推奨しているわけではない。ただ、日本人にはその潜在意識の中に「多神教的融和思想」が身を潜ませているのだ。日本人独特の他国の思想を受付ながら、その底では自国意識を主張すると言う方法論を持っている。
危ういのはそのギリギリの選択を今の安倍内閣は間違えようとしている。米国は日本の戦後教育を欧米式教育に転換させるべく圧力をかけてきた。その成果が現在の教育環境である。
一方、程よい経済環境を作り、国民の精神を弛緩させておいて、心のそこで「諦め」の観念を植え付けている。これは非常に危険なことなのだ。私は、現在の三分の二の愚民をを作り上げて根拠をここに見ている。

アメリカは軍事国家や多国籍主義と名乗って金融戦争を立ち上げて、その世界での覇権を握ろうとしている。この二大政策が間違いであり世界に貧富のさをばら撒き、自然環境を劣悪に破壊してきた。つまり、彼等は極端な個人主義の産物から生まれた近代化の着物を纏った「野蛮人」なのである。それを私達は良く吟味考えなければならない時期にきているのだと思う。
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