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私は幼い頃、広島の被爆写真展の惨状を見て、衝撃を受けたのを思い出した。
水を求めて苦悶する女性、背中が焼け爛れて、地面を掴みながら死にたえた男、両親を探して泣き叫ぶ黒々とした子供。これらは、私達日本の市井の人達が味わった苦しみの象徴であったのです。今でも、私はその写真を忘れることができません。
私の原発反対の原点には、その写真展があることは言うまでもないのです。
日本人には、元来、軟弱な側面を持っていて、自分達が受けた残酷な仕打ちも棚に上げてしまう性癖がある。心の底から忘れてしまった訳でもないのだろうが、忍耐強いと言おうか、被虐的性向と言おうか、追体験が強力でないと、耐え忍んでしまうところがある。
今度の東日本大震災とその延長にある原発事故が、私達を唯一の被爆国を思い出させ、原発の災いを考えさせる原因を作った。
鉄は真赤に燃えているうちに打たなければならない。人々の心に一番大事な体験を凝視しているうちに、答えを引き出さなければならない。軟弱で忘れぽい人々のために徹底的に議論しなければならないと思う。一年もたてば、何事のなかったように、心を棚に上げてしまう人たちのためにそれは必要なことなのである。
我慢強い、菅首相が提案したストレス検査は格好なきっかけであろう。事の善し悪しを考えずに、今は、我々一人一人は原発の問題を心の底から考えるべき時期だと思います。

原爆を意識できない世代の若者は、原発を金勘定だけで推進する「恐ろしい心」の持ち主にもっと関心を示してほしいのです。そして、本当の意味あるエネルギイ政策を個々に考えて欲しいと思います。このところの施政者の愚かな混迷を見て、私は一言、言いたくなってしまいました。悲しい現実です。
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