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私が20歳代の頃、針生一郎さんの美術評論をお聞きした事があった。
先日、「ヤポネシア古代学の魅力」で書かれた内容が私の思考と合致しているので、ここに披瀝しておこうと思う。
・・・・・つまり、内側では閉鎖的に支配機構を守りながら、外側に対しては柔軟で開放的だ、と言う矛盾した形になります・・・・
と針生氏は書かれていた。

これは古代に於ける先住日本民族の神話にも現れていて、例えば、「天孫降臨」でニニギ命が「日向の高千穂の曾(そ)」から野間半島の笠沙(現・加世田市)に移動して、神吾田津姫(コノハナヤサクヤ姫)と会い通婚して彦火火出見命ら三名を産む。しかし、ニニギ命は一夜にして妊娠するわけがない、それは他の国津神の子だと、言いがかりをつける。
そこで姫は占って、室で出産するが火をつけ無事出産できれば、それはニニギ命の子だと呪術する。

結果、無事出産するのだが、その事は姫の呪術が勝っていたと言う故事である。その後の古代の育児の方法は、母方に養育県があり、母方の思想が子に伝えられて行く。

当時の文化は、圧倒的に中国や朝鮮半島の方が進んでいた。日本先住民族は金属文化や農耕文化はもたらされていず、比較的裕福な自然資源に恵まれていて、多神教の恩恵の為、棲み分けが出来ており、大きな争いが起きなかったのである。
そこへ行くと大陸は民族の坩堝で競いあって文化は高まっていたのである。

木製や骨性の弓での争いでは勝敗は目に見えている。そこで先住民族の取った方法は力による制圧を避け、母系で繋ぐことによって、民族の血を繋ぐ方法を選ぶ事によって継承して行ったのである。

それが神吾田津姫の呪術の勝利と言う形で神話されたのである。
多分、針生さんもその事を評論したのであろう。私も又、それには賛意を表したいと思う。
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