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ワニ氏の母体は、「鹿(しし)神・志賀海神社」を奉祭した志賀族と「海神」を奉じた安曇族で、猿田彦命に繋がる氏族で、猿田彦命と市杵島姫との関係から宗像海人のうち大和へ移動した氏族としかワニ族と融合した。(木村博昭)
ワニ氏族は、三世紀から四世紀にかけて、北九州から大和とその周辺に大移動した。天理から奈良に及ぶ盆地東北部に居住した。ワニ氏はその後、本拠地を奈良・春日に移し、春日氏と改名した。一族には「小野氏」「柿本氏」「栗田氏」「真野氏」などがいる。

ワニ氏の母体が南北九州の海人族と朝鮮系の海人族を総括していると言うわけなのだろうが、それは万葉集にものっている同族意識であるのは理解できるが、しかし、本質的にはその性格は異なる。多少の混乱があるようである。
滝川政次郎氏は江南から安曇氏が南北九州に渡来したと記している。明らかに朝鮮半島からやってきた宗像氏とは系列はことなるのである。
私は南九州に渡来した江南人は野間半島で先住民族と混血して久米氏と名乗ったと仮説したい。そうすると、ワニ氏と久米氏は同族と言うことになる。一説には、柿本氏・小野氏は天宇受売命を祖とする猿女君の末裔だと言われる。
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