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日本人の始祖が混血人種であることは間違いないことだと思っている。
現・天皇の人間性は素晴らしく尊敬に値するなのは万人が認める事だろう。
しかし、天皇の始祖は明らかに渡来民族であり、それが先住やまと民族(母性継承)と混血を重ねた結果が現皇族であろう。

私はやまと民族が先住縄文民族がその原点だと考え、その文化は非常に高いものと推定しているが、競争意識が希薄なため中国や朝鮮半島の文化技術とは格差があって、金属や農耕技術は雲泥の差があった。
しかし、その思考形態の内容は優れたのので、考え方の内容は大陸のものとひけを取らない。だから、短期間で技術方法を会得でき、直ぐに他国の文化を取得することが出来るのである。

私は先住やまと民族がその知恵で大陸渡来人との融和を模索した結果が母性継承と言う方法である。その抽象化された方法論は太古の文化を見ると納得がゆく。

例えば、一万年前(縄文草創期)の他国との交流に使用した丸木船の製作にも表れている。

その一部をお知らせしよう。
「南の海の道と交流」には次のような記載がある。

<かこいノ原型石斧は、先に述べたかこいノ原遺跡から二点、鹿児島市掃除山遺跡から一点、志布志町東黒土田遺跡から一点、何れも縄文草創期の遺跡から出土している。鹿児島早期後半にも、鹿屋市前畑遺跡、種子島の西表市立山遺跡などから出土し、縄文草創期から早期にかけて、鹿児島県を中心に分布していることが明らかになっている。>

この記述は最早、一万年前には丸木船が造られ、他国の交流が可能であったことを物語ってる。
因みに、同時期に鹿児島・国分市には上野原遺跡が存在していて、既に竪穴式住居が建てられ、甑式機構や燻製土坑、ドングリ等の加工した粉、整備された舗道や泉など鹿児島は早くから文化は優れた情況にあったのが解かる。

これらから推定される事は縄文先住民はかなりの文化水準にあった事が知れるであろう。
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