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8月6日から9日そして敗戦の15日に続く。そして、もう一つ8日に天皇陛下のお言葉が付加された。

天皇陛下の8月8日は考えに考えられた配慮ある日時である。
原爆投下の地獄の経験と敗戦の間、そして選挙と言う国民の決断をも配慮した誠意ある日にちを選ばれた政治をかなり意識した象徴した天皇は国民との対話を苦渋の実践をしたとも思われる。
私の天皇についての印象は象徴をいかに国民との間で実践するかに真剣に取り組んでおられた誠意ある行動である。二つの災害と私が強く印象に残ったのはフィリッピンへの墓参である。日本・比国の戦没者の鎮魂である。まかり間違えば暗殺さえも考えられる、過酷な戦闘は多くの比国側に犠牲者があった。翻れば、侵略者日本憎しの意識が未だ残っていて、その実害のある比国人は無念の復讐を天皇に向ける事も考えうる情況であったのにも関わらず実行された本音の勇気を私は感じて尊敬の念が心の底から湧きいあがってきたのを思い起こされた。
そうした覚悟の行動は全身全霊をかけた行動であることはその前後、綿密な計画と心の覚悟を必要としただろうし、究極の神経を使っておられたと思います。あのビデオから無駄というものが感じられないのは陛下自らが他人に任せたのではなく、自らが推考に推考を重ねられた結果だからだと思います。
どこかの首相のように官僚に任せたり、熟考する事もなく口先で語る安易さは陛下の声明にはありません。
心身を使い果たされ、加えて二度の大手術はその身体を極力、衰退されたのを思うと本音で国事や天皇としての任務を遂行するには、残念ながら体力がついていかない現実に苦慮された結果の声明であったと思われ、生前退位はやむをえない行為だと感じざるをえません。国民は諸手を挙げて、天皇陛下の退位を願い、感謝の念を発して労うべきでありましょう。
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